第4話「オーク討伐とギルドの評価」
南の森から戻った柾木和雄とDランク冒険者のガレスは、冒険者ギルドの受付で調査結果を報告していた。
受付嬢のフィーネは二人の話を聞きながら、手元の報告書へ丁寧に内容を書き込んでいる。
「つまり、南の森の外縁部で複数のオークの足跡を確認し、そのうち一匹と遭遇したということですね?」
フィーネの確認に、ガレスは頷いた。
「ああ。足跡から判断すると、少なくとも四匹はいると思う。しかも、同じ方向へ移動していた形跡がある。偶然集まっただけとは考えにくいな」
「分かりました。ギルドとしても警戒を強める必要がありそうですね」
フィーネは真剣な表情で報告書を確認した。
「それで、遭遇したオークについてですが……」
「ああ、そいつならカズが倒した。しかも一撃だ」
ガレスがそう答えると、フィーネは改めて和雄へ視線を向けた。
「カズさん、本当にお怪我はありませんか?」
「はい。大丈夫ですよ。攻撃を受ける前に倒せましたから」
和雄が笑顔で答えると、フィーネは安心したように息を吐いた。
「それならよかったです。でも、オークはゴブリンよりもずっと力が強い魔物です。今後も無理はしないでくださいね」
「分かりました」
和雄は素直に頷いた。
ガレスはそんな二人のやり取りを見ながら、苦笑を浮かべていた。
「フィーネ、こいつは本当に変わった新人だぞ。オークの棍棒が振り下ろされる前に間合いを詰めて、一撃で仕留めちまったんだからな」
「そんなに速かったんですか?」
「ああ。正直、俺でも何が起きたのか分からなかった」
フィーネは驚いた表情で和雄を見つめた。
「カズさん……以前、剣術を教えていたとおっしゃっていましたよね?」
「はい。故郷ではブレイドアーツの講師をしていました」
「なるほど……」
フィーネは何かを考えるように頷いた。
そのとき、隣の受付からミーニャが顔を出した。
「ねえねえ、カズくんがオークを倒したって本当?」
「はい。一匹だけですけど」
「すごーい! Gランクなのにオークを倒しちゃうなんて!」
ミーニャは興奮した様子で尻尾を揺らした。
「いや、そんなに大したことじゃないですよ」
「大したことあるよ! 普通の新人さんなら、オークを見つけたら逃げるんだから!」
和雄は少し困ったように笑った。
日本で剣術を教えていた頃から、相手の動きを見極めて間合いを詰めることには慣れている。身体強化魔法を使えば、オークの攻撃にも十分対応できた。
しかし、それがこの世界の新人冒険者にとってどれほど珍しいことなのか、和雄にはまだ実感がなかった。
「とりあえず、討伐したオークを解体場へ持っていけばいいですか?」
和雄が尋ねると、フィーネは頷いた。
「はい。討伐証明と素材の確認をお願いします。そのあと、調査依頼の報酬もお支払いしますね」
「分かりました」
和雄はガレスとともにギルドの裏手にある解体場へ向かった。
解体場では、いつもの男性職員が魔物の素材を整理していた。
「おっ、カズじゃねえか。今日は何を持ってきたんだ?」
「オークを一匹です」
「……オーク?」
男性職員は一瞬、手を止めた。
「お前、確かGランクだったよな?」
「はい。そうですけど?」
「まあいい。とりあえず出してみろ」
和雄はアイテムボックスを開き、作業台の上へオークを取り出した。
大柄な魔物の身体が現れると、男性職員は目を丸くした。
「おいおい……本当にオークじゃねえか!」
「だから言っただろう?」
隣にいたガレスが笑いながら答えた。
「しかも、こいつが一撃で倒したんだ」
「一撃だと?」
男性職員はオークの傷を確認し、感心したように唸った。
「こりゃ見事だな。余計な傷がほとんどねえ。素材としても状態がいいぞ」
和雄は少し照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます」
「討伐証明は左耳だ。買い取りは二十ゴル。それと、素材も買い取るなら追加で二十ゴルになる」
「それなら、全部お願いします」
「おう。合計四十ゴルだな」
男性職員は銅板四枚を差し出した。
和雄は報酬を受け取り、礼を言った。
「ありがとうございます」
「それにしても、お前は本当に面白い新人だな。今度は何を持ってくるんだか」
「いや、そんなに大きな魔物を狙うつもりはありませんよ」
和雄が苦笑すると、男性職員とガレスは声を上げて笑った。
解体場での手続きを終えた二人は、受付へ戻った。
フィーネは報告書を確認すると、調査依頼の完了処理を進めた。
「お疲れさまでした。今回の調査依頼は正式に達成となります。報酬はお一人八十ゴルです」
和雄とガレスは、それぞれ銀貨に満たない額の硬貨を受け取った。
「ありがとうございます」
和雄は報酬をアイテムボックスへ収納した。
すると、ガレスが肩を軽く叩いてきた。
「カズ、今日は助かったぜ。お前がいなかったら、あのオークとの戦闘はもう少し面倒になっていたかもしれん」
「いえ、こちらこそ勉強になりました。足跡の見方とか、色々教えてもらえましたし」
「ははっ、そう言ってもらえると嬉しいな」
ガレスは満足そうに笑った。
「また機会があったら、一緒に依頼を受けようぜ」
「はい。よろしくお願いします」
二人は握手を交わし、ガレスはギルドの酒場へ向かっていった。
和雄が受付へ戻ろうとすると、フィーネが声をかけてきた。
「カズさん、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「はい。何でしょう?」
「今回の調査報告について、ギルドの事務担当者にも確認していただくことになりました」
「事務担当者ですか?」
「はい。新人冒険者がオークを討伐したということで、実績の確認を行いたいそうです」
和雄は少し驚いた。
「えっ、何か問題がありましたか?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、Gランクの方が単独でオークを討伐するのは珍しいので、念のため確認するだけですよ」
「なるほど。それなら大丈夫です」
和雄が頷くと、フィーネは奥の事務室へ案内した。
部屋には大きな机が置かれ、書類が綺麗に整理されていた。
その机の向こうには、落ち着いた雰囲気の女性が座っていた。
「失礼します。カズさんをお連れしました」
フィーネが声をかけると、女性は顔を上げた。
「ありがとう、フィーネ。あなたがカズさんですね?」
「はい。柾木和雄です。よろしくお願いします」
「わたしはクラリス・ベルナール。冒険者ギルドの事務を担当しています」
クラリスは丁寧に挨拶すると、手元の報告書へ目を落とした。
「登録して間もないGランク冒険者で、ゴブリン十匹以上を討伐。森鼠の討伐実績もあり、今回はオークを一匹討伐……」
クラリスは顔を上げ、和雄を見つめた。
「ずいぶん順調ですね」
「そうですね。今のところ、何とかやれています」
和雄が答えると、クラリスは少し考え込んだ。
「剣術の経験があると聞いていますが、どの程度のものなんですか?」
「故郷ではブレイドアーツという剣術の講師をしていました。日本の剣道も習っていて、五段を持っています」
「ニホン……ですか?」
「はい。かなり遠い場所なので、ご存じないと思います」
クラリスは頷きながら、何かを書き留めた。
「なるほど。少なくとも、まったくの初心者というわけではないんですね」
「はい。剣の扱いには慣れています」
「分かりました。今回の討伐実績は、同行したガレスさんの証言もありますので、正式に認められます」
「ありがとうございます」
和雄が頭を下げると、クラリスは少し表情を和らげた。
「ただし、実力があっても無理は禁物です。冒険者としての経験は、これから積んでいく必要がありますからね」
「はい。気をつけます」
「それと、南の森の件については、ギルドで引き続き調査を行います。新しい情報が入りましたら、必要に応じてお知らせします」
「分かりました」
こうして、和雄の実績確認は無事に終了した。
事務室を出ると、フィーネが安心したように微笑んだ。
「お疲れさまでした、カズさん」
「ありがとうございます。少し緊張しました」
「ふふっ。クラリスさんは厳しい方ですが、冒険者の安全を大切にしているんですよ」
「そうなんですね」
和雄は納得したように頷いた。
その頃、ギルドの酒場では、ガレスが仲間の冒険者たちに今日の出来事を話していた。
「いや、本当に驚いたぜ。あの新人、オークを一撃で倒しちまったんだからな」
「Gランクの新人が?」
「ああ。しかも、本人は大したことをしたつもりがないらしい」
冒険者たちは半信半疑の様子だったが、ガレスの話を興味深そうに聞いていた。
少し離れた席では、銀髪のエルフの少女リューネが静かに飲み物を口にしていた。
「……オークを一撃、ね」
リューネは小さく呟き、視線を受付の方へ向けた。
そこには、フィーネと楽しそうに話している和雄の姿があった。
「変わった新人が来たものね」
そう呟いたリューネは、再び手元の飲み物へ視線を戻した。
一方の和雄は、自分の評判が少しずつ広まっていることなど知らず、今日の報酬を頭の中で計算していた。
「調査報酬が八十ゴル、オークの買い取りが四十ゴル……今日は百二十ゴルか」
和雄は満足そうに頷いた。
「これなら、しばらく宿代にも困らなさそうだな」
フィーネはそんな和雄を見て、思わず微笑んだ。
「カズさんって、本当に不思議な方ですね」
「えっ、そうですか?」
「はい。でも、悪い意味ではありませんよ」
和雄は首を傾げながらも、笑顔で答えた。
「それならよかったです」
こうして、和雄の冒険者としての評価は少しずつ高まり始めた。
しかし、南の森で確認された複数のオークの足跡については、まだ十分な調査が終わっていない。
その小さな異変が何を意味するのか、現時点では誰にも分からなかった。




