第3話「ギルドからの追加調査依頼」
翌朝、柾木和雄が《銀の麦亭》の食堂へ降りると、厨房から焼きたてのパンと野菜のスープの香りが漂ってきた。窓際の席では商人らしい男性たちが朝食を取りながら、街道の様子について話している。
「おはようございます、カズさん。今日は少し早いですね」
料理を運んできたマリアに声をかけられ、和雄は笑顔で挨拶を返した。
「おはようございます。昨日は早めに休んだので、目が覚めちゃいまして」
「それならよかったです。今日も冒険者のお仕事ですか?」
「はい。昨日、森で少し気になるものを見つけたので、ギルドで何か分かったか聞いてみようと思っています」
和雄が答えると、マリアは心配そうに眉を寄せた。
「森で何かあったんですか?」
「怪我をしたゴブリンと、大きな魔物の足跡を見つけたんです。まだ危険だと決まったわけじゃありませんけどね」
「そうなんですね……。最近、南の街道を通る商人さんも魔物が増えたって話していましたよ」
「へえ、そうなんですか」
和雄は少し考え込んだ。昨日見つけた足跡と関係があるのかもしれない。
朝食を済ませて宿を出ると、和雄はいつもの道を通って冒険者ギルドへ向かった。街はすでに活気づいており、荷馬車が石畳を進み、露店の商人たちが商品を並べ始めている。
ギルドへ到着すると、受付にいたフィーネが和雄の姿を見つけて手を振った。
「おはようございます、カズさん。ちょうどよかったです。少しお話があるんですが、お時間は大丈夫ですか?」
「おはようございます。もちろんです。昨日の件ですか?」
「はい。南の森で見つかった足跡について、追加の情報が入りました」
フィーネは手元の書類を確認しながら説明を始めた。
「昨日の夕方、巡回していた冒険者の方からも、大型の魔物らしい足跡が見つかったと報告がありました。場所はカズさんが教えてくださった地点から、それほど離れていません」
「やっぱり、ほかにもあったんですね」
「ええ。ただ、足跡だけでは魔物の種類を断定できないので、ギルドとしても確認したいんです」
フィーネは一枚の依頼書を取り出した。
「そこで、南の森の外縁部を調査する依頼が出されました。通常はもう少し経験のある冒険者にお願いする内容ですが、今回はカズさんが最初に異変を報告してくださったので、場所の確認に協力していただけないかという話になっています」
「なるほど。俺が見つけた場所まで案内すればいいんですね?」
「はい。ただし、単独での調査は認められていません。ほかの冒険者と一緒に行動していただきます」
和雄は納得したように頷いた。
「それなら大丈夫です。俺も気になっていましたし、協力しますよ」
「ありがとうございます。では、担当者を呼んできますね」
フィーネが奥の事務室へ向かうと、和雄は受付の近くで待つことにした。
しばらくすると、フィーネが一人の男性冒険者を連れて戻ってきた。三十代ほどの男性で、革鎧の上から肩当てを身につけ、腰には片手剣を差している。
「カズさん、こちらが今回の調査を担当するDランク冒険者のガレスさんです」
「ガレスだ。よろしく頼む」
男性は気さくな笑顔で右手を差し出した。
和雄もその手を握り返した。
「カズです。よろしくお願いします」
「話は聞いている。南の森で妙な足跡を見つけたそうだな」
「はい。ゴブリンより明らかに大きな足跡でした。複数あったので、オークかもしれないと思ったんです」
「なるほどな。確かに、あの辺りでオークが動いているなら少し気になる」
ガレスは腕を組んで考えた。
「今回の目的は足跡の確認と周辺の安全調査だ。無理に魔物を追いかける必要はない。危険だと判断したら、すぐに引き返すぞ」
「分かりました」
「それと、俺が先頭を歩く。カズは足跡を見つけた場所を教えてくれればいい」
和雄は素直に頷いた。
今回の依頼は調査であり、魔物討伐ではない。経験豊富な冒険者の判断に従うのが当然だろう。
フィーネは二人へ依頼書を渡した。
「調査報酬は一人八十ゴルです。危険な魔物との戦闘が発生した場合は、別途討伐報酬を精算します」
「了解した。それじゃあ、行ってくる」
ガレスが答えると、フィーネは二人を見送った。
「お気をつけて。特にカズさん、無理はしないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
和雄は笑顔で返し、ガレスとともにギルドを出た。
南門を抜けて草原へ出ると、ガレスは周囲を確認しながら歩き始めた。
「カズは冒険者になってまだ日が浅いんだってな」
「はい。登録したばかりです」
「それなのにゴブリンを十匹以上倒しているらしいじゃないか。剣術の経験があるのか?」
「ええ。故郷ではブレイドアーツという剣術を教えていました」
「ほう、剣術の先生か。どうりで動きに無駄がないわけだ」
ガレスは感心したように笑った。
「まあ、冒険者は剣の腕だけじゃ務まらない。魔物の習性や地形を知ることも大切だからな」
「そうですね。まだ知らないことばかりなので、色々教えてもらえると助かります」
「おう。分からないことがあったら聞いてくれ」
二人は会話を交わしながら南の森へ向かった。
やがて、和雄が昨日薬草を採取していた場所へ到着した。
「この辺りです。もう少し先に、大きな足跡がありました」
和雄が案内すると、ガレスは地面を注意深く観察し始めた。
しばらく進んだところで、和雄が足を止めた。
「ありました。ここです」
湿った地面には、昨日見つけたものと同じ形の足跡が残っていた。
ガレスはしゃがみ込み、足跡の大きさと深さを確認した。
「……こいつは確かにオークの足跡に似ているな」
「やっぱりそうですか」
「ああ。ただ、妙だな。足跡の向きが揃っている」
ガレスは周囲を見渡した。
「普通、餌を探している魔物なら、もう少しばらばらに歩くものなんだが……」
和雄も地面へ目を向けた。
確かに、複数の足跡がほぼ同じ方向へ続いている。
「どこかへ移動しているんでしょうか?」
「その可能性はあるな。少し先まで確認してみよう。ただし、森の奥には入らないぞ」
「分かりました」
二人は慎重に足跡を追った。
しばらくすると、木々の間に折れた枝や踏み荒らされた草が見つかった。何か大きなものが通った痕跡らしい。
ガレスは周囲を確認しながら、小さく呟いた。
「少なくとも三匹……いや、四匹はいるかもしれんな」
「四匹ですか」
「ああ。単独のオークならともかく、複数で移動しているとなると、街道への影響も考えないといけない」
そのとき、和雄の耳に微かな物音が届いた。
「……ガレスさん、少し待ってください」
「どうした?」
「向こうから何か聞こえます」
和雄が木々の奥を指さすと、ガレスも足を止めた。
二人が静かに耳を澄ませると、低いうなり声のような音が聞こえてきた。
「……オークか?」
ガレスは剣の柄へ手を添えた。
和雄も腰の刀を確認する。
やがて、木々の間から大きな影が姿を現した。
緑がかった肌に太い腕、そして手には粗末な棍棒を持っている。
「……やっぱりオークだな」
ガレスが低い声で呟いた。
現れたオークは一匹だけだったが、周囲にはまだ別の気配がある。
和雄は静かに鑑定能力を使った。
【鑑定】
名称:オーク
分類:魔物
危険度:中
特徴:高い筋力を持つ人型魔物。集団で行動することがある。
「ガレスさん、ほかにもいるかもしれません」
「ああ、俺もそう思う。ここは引き返そう」
ガレスは慎重に後退しようとした。
しかし、その瞬間、オークが二人の存在に気づいた。
「グオオッ!」
大きな咆哮が森に響き渡る。
「ちっ、気づかれたか!」
ガレスが剣を抜くと、オークは棍棒を振り上げて突進してきた。
和雄は一歩前へ出た。
「ガレスさん、俺が対応します!」
「おい、カズ!」
ガレスが止めるより早く、和雄は地面を蹴った。
身体強化魔法をわずかに使い、相手との間合いを一瞬で詰める。
「神速歩!」
オークが棍棒を振り下ろす直前、和雄はその側面へ回り込んだ。
そして、刀を鋭く振り抜いた。
一閃。
オークの身体が大きく傾き、そのまま地面へ倒れ込んだ。
「……え?」
ガレスは思わず目を見開いた。
和雄は刀を鞘へ収めながら、周囲を確認した。
「一匹は倒しました。でも、まだ奥に何かいますね」
「お、お前……今、何をした?」
「えっと、普通に斬っただけですが?」
和雄が不思議そうに答えると、ガレスは呆然とした表情を浮かべた。
しかし、すぐに気を取り直した。
「……詳しい話は後だ。ここは危険だ。すぐに戻るぞ」
「分かりました」
和雄は倒したオークをアイテムボックスへ収納し、ガレスとともに森を離れた。
帰り道、ガレスは何度も和雄の顔を見ていた。
「カズ、お前、本当にGランクなのか?」
「はい。ギルドカードにもそう書いてありますよ」
「……そういう意味じゃないんだがな」
ガレスは苦笑した。
和雄は首を傾げながらも、それ以上は何も言わなかった。
二人がジェノバの街へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
冒険者ギルドへ到着すると、フィーネが心配そうに駆け寄ってきた。
「お帰りなさい! お二人ともご無事ですか?」
「ああ、怪我はない。ただ、少し厄介なことが分かった」
ガレスは真剣な表情で答えた。
「南の森の外縁部に、複数のオークが移動した痕跡がある。実際に一匹と遭遇した」
「オークが……?」
フィーネの表情が引き締まった。
「それで、討伐は?」
「そいつなら、カズが一撃で倒した」
「……えっ?」
フィーネは和雄を見つめた。
和雄は少し照れくさそうに笑った。
「たまたま上手くいきました」
「たまたまって……」
ガレスは思わずため息をついた。
フィーネも困惑した様子だったが、すぐに報告書を取り出した。
「分かりました。まずは詳しい状況を聞かせてください」
こうして、南の森の追加調査は無事に終了した。
しかし、複数のオークがまとまって移動しているという情報は、ギルドにとって無視できないものだった。
そして、今回の調査によって、Gランク冒険者カズの実力もまた、少しずつ明らかになり始めていた。




