第2話「薬草採取と森の小さな異変」
ジェノバの街に朝日が差し込み、石畳の大通りに人々の足音が響き始めた。
《銀の麦亭》で朝食を済ませた柾木和雄は、いつものように冒険者ギルドへ向かっていた。昨日は西の草原で森鼠を八匹討伐したため、今日は比較的穏やかな依頼を受けるつもりだった。
ギルドの扉を開けると、受付ではフィーネが書類を整理していた。
「おはようございます、フィーネさん」
和雄が声をかけると、フィーネは顔を上げて微笑んだ。
「おはようございます、カズさん。今日はどんな依頼をお探しですか?」
「昨日は魔物討伐だったので、今日は薬草採取にしようと思っています」
「それでしたら、ちょうど南の森の入口付近で薬草を採取する依頼がありますよ」
フィーネは依頼書を一枚取り出した。
「薬草二十束の納品で、報酬は六十ゴルです。最近は回復薬の需要が増えているので、薬草の依頼が多いんです」
「回復薬の需要が増えているんですか?」
「はい。冒険者の方が増えていることもありますが、最近は森で魔物を見かける機会が少し増えているそうです」
フィーネは説明しながら、少し心配そうな表情を浮かべた。
「まだ大きな問題にはなっていませんが、念のため注意してくださいね」
「分かりました。無理はしません」
和雄が頷くと、フィーネは依頼書に受付印を押した。
「それでは、こちらが依頼書です。お気をつけて」
「ありがとうございます。行ってきます」
和雄はギルドを出て、南門へ向かった。
街の外へ出ると、草原には穏やかな風が吹いていた。遠くには森が広がり、木々の葉が朝日に照らされている。
「さて、今日も薬草探しだな」
和雄は草原を歩きながら、足元の植物を観察した。
薬草の特徴はすでに覚えている。細長い葉と赤みを帯びた茎を見つけると、鑑定能力で確認してから丁寧に採取した。
「これで一束……二束……」
採取した薬草は、そのままアイテムボックスへ収納する。時間停止機能のおかげで、品質が落ちる心配もない。
しばらくすると、依頼分の二十束が揃った。
「よし、これで達成だな」
和雄は立ち上がり、軽く腰を伸ばした。
まだ昼前だったため、少し余裕がある。
「せっかくだし、追加で採取しておこうかな」
和雄は森の入口付近へ足を向けた。
森の外縁部には、草原とは違った植物が生えている。木陰には小さな花が咲き、湿った地面には薬草らしき葉がいくつも見えていた。
「おっ、ここにもあるな」
和雄は鑑定能力を使いながら、薬草を採取していった。
そのとき、少し離れた茂みから物音が聞こえた。
「……ん?」
和雄は手を止め、周囲を見渡した。
風で揺れる葉の音とは違う。何かが地面を踏みしめるような音だった。
「魔物かな?」
和雄は腰の刀へ手を添え、静かに茂みへ近づいた。
すると、木々の間から一匹のゴブリンが姿を現した。
「なんだ、ゴブリンか」
しかし、和雄はすぐに違和感を覚えた。
ゴブリンの身体には小さな傷がいくつもあり、何かから逃げてきたように荒い息をしている。
「……様子がおかしいな」
和雄が鑑定すると、目の前に情報が表示された。
【鑑定】
名称:ゴブリン
状態:負傷・興奮
「負傷しているのか」
ゴブリンは和雄の存在に気づくと、甲高い声を上げて突進してきた。
「ギャアッ!」
「おっと!」
和雄は半歩横へ移動し、棍棒の一撃をかわした。
続けて刀を抜き、素早く斬り払う。
ゴブリンは一撃で倒れた。
「……ふう」
和雄は刀を鞘へ収め、倒れたゴブリンを確認した。
傷の形を見る限り、別の魔物に襲われた可能性が高い。
「森の奥で何かあったのかな?」
和雄は周囲を見渡した。
普段なら鳥の鳴き声が聞こえるはずなのに、今は妙に静かだった。
「……少し気になるな」
和雄は森の奥へ続く獣道へ目を向けた。
しかし、フィーネから無理をしないように言われていたことを思い出す。
「まあ、今日は採取依頼だしな。気になることはギルドに報告しておこう」
和雄はゴブリンをアイテムボックスへ収納し、来た道を戻り始めた。
その途中、地面に大きな足跡が残っていることに気づいた。
「……これは?」
和雄はしゃがみ込み、足跡を観察した。
ゴブリンのものよりも明らかに大きい。しかも、複数の足跡が同じ方向へ続いている。
「オーク……かな?」
和雄は以前フィーネから聞いた魔物の特徴を思い出した。
オークはゴブリンよりも体格が大きく、力も強い。新人冒険者が一人で相手にするには危険な魔物だという。
「もしオークが森の入口付近まで来ているなら、街道を通る人も危ないかもしれないな」
和雄は足跡の場所を覚え、ジェノバの街へ戻ることにした。
南門を通り、冒険者ギルドへ到着すると、フィーネが受付に立っていた。
「ただいま戻りました」
「あっ、カズさん。お帰りなさい。薬草採取はいかがでしたか?」
「無事に二十束集まりました。追加で十束ありますので、そちらも買い取りをお願いします」
「はい。確認しますね」
フィーネは薬草を受け取り、状態を確かめた。
「今回も綺麗ですね。依頼報酬が六十ゴル、追加の薬草十束で三十ゴルです」
「ありがとうございます」
和雄は報酬を受け取った。
「それと、少し気になることがあったんですが……」
和雄がそう切り出すと、フィーネは表情を引き締めた。
「何かありましたか?」
「森の入口付近で、怪我をしたゴブリンに襲われました。それと、近くに大きな足跡が複数残っていたんです」
「大きな足跡……ですか?」
「はい。ゴブリンのものではないと思います。もしかすると、オークかもしれません」
フィーネは少し考え込んだ。
「……分かりました。ギルドの調査担当に報告しておきます」
「お願いします。あと、ゴブリンも一匹倒したので、討伐証明を確認してもらえますか?」
「はい。解体場へお願いします」
和雄は解体場でゴブリンを提出し、討伐証明の右耳を確認してもらった。
報酬の五ゴルを受け取って受付へ戻ると、フィーネが何かを書き留めていた。
「カズさん、先ほどのお話は調査報告として記録しました。もし同じようなことがあっても、無理に調べようとせず、ギルドへ知らせてくださいね」
「分かりました」
和雄は頷いた。
フィーネは安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます。こうした小さな情報が、街の安全を守ることにつながるんですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
和雄は笑顔で答えた。
その頃、ギルドの奥では、職員たちが和雄の報告について話し合っていた。
「南の森の入口付近で負傷したゴブリンか……」
「それに、大型の魔物らしき足跡が複数。少し気になるな」
「念のため、巡回する冒険者に注意を呼びかけておこう」
まだ大きな異変と呼べるほどのものではない。
しかし、普段とは違う魔物の動きが、少しずつ確認され始めていた。
一方、和雄は今日も依頼を無事に終え、《銀の麦亭》へ戻るところだった。
「さて、今日は何を食べようかな」
そんなことを考えながら歩く彼は、自分が見つけた小さな異変が、やがて新たな出来事につながっていくことを、まだ知らなかった。




