第1話「Gランク冒険者、新たな出会い」
ジェノバの街に到着してから、数日が過ぎた。
柾木和雄は《銀の麦亭》を拠点に、冒険者としての生活を続けていた。薬草採取や街中での雑用をこなし、ときには街の外で魔物と遭遇することもあったが、これまで大きな怪我をすることなく依頼を達成している。
冒険者ギルドでの仕事にも少しずつ慣れ、受付嬢のフィーネやミーニャとも気軽に話せるようになっていた。
この日も和雄は朝食を済ませると、いつものように冒険者ギルドへ向かった。
「おはようございます、フィーネさん」
受付に声をかけると、金髪のエルフが顔を上げた。
「あら、カズさん。おはようございます。今日もお早いですね」
「はい。今日はどんな依頼があるかなと思いまして」
「ふふっ。すっかり冒険者らしくなりましたね」
フィーネは微笑みながら、手元の依頼書を確認した。
「今日は薬草採取のほかに、街の西側で森鼠の目撃情報が出ています。どちらもGランクで受注できますよ」
「森鼠ですか。以前一匹倒したことがありますね」
「そうでしたね。ただ、森鼠は小さくて素早いので、油断しないでください」
「分かりました。じゃあ、今日は森鼠の討伐依頼をお願いします」
「かしこまりました」
フィーネが依頼書に受付印を押していると、隣の受付からミーニャが顔を出した。
「おっ、カズくん! 今日も魔物退治?」
「おはようございます、ミーニャさん。はい、今日は森鼠の討伐です」
「へえ! カズくんならすぐに終わっちゃいそうだね!」
ミーニャは楽しそうに尻尾を揺らした。
「そんなことないですよ。相手は魔物ですから、気をつけないと」
和雄が苦笑すると、ミーニャは嬉しそうに笑った。
「そういうところ、カズくんらしいね!」
フィーネは依頼書を和雄へ差し出した。
「それでは、こちらが依頼書です。街の西側にある草原から森の入口付近で目撃されていますので、周囲を確認してください」
「分かりました。行ってきます」
和雄は二人に挨拶し、ギルドを後にした。
その直後、ギルドの入口から一人の少女が入ってきた。
淡い銀色の髪を肩の辺りで揺らし、背中には弓を背負っている。整った顔立ちと尖った耳から、エルフであることが分かった。
少女は周囲を静かに見渡すと、受付へ向かった。
「フィーネ、依頼の報告に来たわ」
「あら、リューネさん。お帰りなさい」
フィーネは親しげに微笑んだ。
「今回も無事に終わったんですね」
「ええ。特に問題なかったわ」
リューネと呼ばれた少女は、淡々と答えながら討伐証明を差し出した。
彼女はBランク冒険者で、弓術と水・氷・風の魔法を得意としている。見た目は十五歳ほどだが、実際には百歳になるエルフだった。
「そういえば、さっきの子は新人?」
リューネが何気なく尋ねると、フィーネは少し驚いた。
「カズさんのことですか?」
「名前までは知らないけど、見慣れない子だったから」
「はい。最近登録したばかりのGランク冒険者さんです」
「そう」
リューネはそれ以上深く尋ねることなく、報告を続けた。
一方、和雄は西門を通り、街の外へ出ていた。
目の前には広い草原が広がり、その先には小さな森が見えている。
「さて、森鼠か。確か、前に倒したやつは結構素早かったな」
和雄は周囲を確認しながら歩き始めた。
草原には背の低い植物が生い茂り、ところどころに小さな岩が転がっている。
しばらく進むと、近くの草むらが揺れた。
「……いたな」
和雄が足を止めると、灰色の毛並みをした森鼠が姿を現した。
鑑定してみると、以前倒したものと同じ魔物だった。
「よし、まずは一匹」
森鼠は和雄に気づくと、鋭い前歯を見せながら飛びかかってきた。
和雄は半歩横へ移動して攻撃をかわし、刀を抜いた。
「はっ!」
短い掛け声とともに刀が閃き、森鼠は地面へ落ちた。
「うん、問題ないな」
和雄は刀を鞘へ収め、森鼠をアイテムボックスへ収納した。
その後も草原を歩き、森鼠を探していく。
二匹目は岩陰から飛び出してきたが、和雄は素早く反応して仕留めた。
三匹目は森の入口付近で見つかった。
「これで三匹か」
和雄は周囲を見渡した。
依頼書には、森鼠の討伐数は指定されていない。目撃された魔物を減らし、安全を確保することが目的らしい。
「もう少し確認しておくか」
和雄は森の入口付近を歩き始めた。
すると、少し離れた場所から複数の鳴き声が聞こえてきた。
「……ん?」
木々の間を覗くと、五匹ほどの森鼠が集まっていた。
「結構いるな」
和雄は静かに刀を抜いた。
森鼠たちはこちらに気づくと、一斉に飛びかかってきた。
「おっと!」
和雄は身体強化魔法をわずかに使い、素早く後方へ下がった。
最初の一匹をかわし、続く二匹の動きを見極める。
「テンペストブレイド!」
身体を回転させながら連続して刀を振るい、迫ってきた森鼠を次々と斬り払った。
残る二匹が左右から飛びかかってくる。
和雄は一匹を斬り伏せると、反対側へ素早く踏み込み、最後の一匹も仕留めた。
「ふう……これで八匹だな」
和雄は刀を鞘へ収め、周囲を確認した。
目の前には経験値獲得の表示が浮かび上がっている。
【魔物討伐】
森鼠五匹を討伐しました。
《経験値2倍》が適用されました。
「経験値も順調に入ってるな」
和雄は表示を閉じ、倒した森鼠をアイテムボックスへ収納した。
その後、周囲に魔物がいないことを確認してから、ジェノバの街へ戻った。
冒険者ギルドに到着すると、受付にはフィーネがいた。
「ただいま戻りました」
「あっ、カズさん。お帰りなさい。森鼠の討伐はいかがでしたか?」
「八匹倒しました。確認をお願いします」
「……八匹ですか?」
フィーネは一瞬、驚いた表情を浮かべた。
「はい。最初は一匹ずつだったんですが、最後に五匹まとまって出てきまして」
「五匹同時に……?」
フィーネは少し心配そうに和雄を見つめた。
「お怪我はありませんでしたか?」
「はい。問題ありません」
和雄が笑顔で答えると、フィーネは安心したように息を吐いた。
「それならよかったです。では、解体場で確認してもらってください」
和雄は解体場へ向かい、森鼠八匹を提出した。
担当職員は驚きながらも、討伐証明となる尻尾を確認した。
「八匹分で二十四ゴルだな」
「ありがとうございます」
和雄は報酬を受け取り、受付へ戻った。
フィーネは討伐報告を確認し、ギルドカードへ実績を記録した。
「これで今回の依頼は達成です。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
和雄は笑顔で礼を言った。
その様子を、少し離れたテーブルに座っていたリューネが静かに眺めていた。
「……あの子が、さっきの新人ね」
リューネは小さく呟いた。
Gランクの新人が単独で森鼠を八匹討伐したという話は、少し珍しい。
だが、リューネはすぐに興味を失ったように視線を戻した。
「まあ、わたしには関係ないか」
そう呟いた彼女は、手元の飲み物を一口飲んだ。
一方の和雄は、そんな視線に気づくことなく、次の依頼についてフィーネと相談していた。
異世界での冒険者生活は順調に進んでいる。
そして、まだ言葉を交わすことのない二人の冒険者は、同じギルドの中で少しずつ互いの存在を知り始めていた。




