第2話「観測」
朝の時点で三件、昼までにさらに五件、内容が曖昧なまま記録だけが増えていく報告書を前にして、原因の特定どころか現象の定義すらできていないことに苛立ちを覚えながらも、無理に結論を出せば全体を見失うと理解しているため、あえて観測に徹することを選ぶ。
「……整理しろ」
机の上に紙を並べる。
記録。
証言。
時間。
「共通点は?」
部下が聞く。
「……ない」
即答する。
「強いて言えば」
紙を指で叩く。
「……曖昧だ」
「は?」
「全部だ」
記録が不正確。
証言が一致しない。
時間がズレる。
「……形がない」
部下が黙る。
「……呪いとかじゃないんですか」
「違う」
即答。
「根拠は?」
「……説明できる“形”がない」
呪いなら傾向が出る。
対象が絞られる。
だが、これは違う。
「……広すぎる」
部下が視線を落とす。
「じゃあ何なんですか」
「……分からん」
正直に言う。
沈黙。
「……現場を見る」
立ち上がる。
通りへ出る。
人が多い。
普段通り。
「……普通だな」
だが――
「……遅れる」
一人の動きが、ほんの僅かに遅れる。
次の瞬間。
全体が揃う。
「……今の見たか」
「……え?」
部下が戸惑う。
「何もないですけど」
「……そうか」
記録する。
“観測者によって差がある”
「……厄介だな」
市場へ向かう。
人の流れ。
同じ。
だが、違う。
「次の人」
客が出る。
その後ろ。
同時に動く。
「……そこだ」
「何がですか」
「……今の」
「……何も」
ズレる。
認識が。
「……共有できない」
記録が意味を持たない。
「……進まないな」
歩く。
通りを抜ける。
「隊長」
部下が声を上げる。
「……何だ」
「さっきの件、覚えてますか」
「……どれだ」
「……あれです」
言葉が止まる。
「……何だっけ」
沈黙。
「……そうか」
理解する。
「……記憶もか」
記録だけが残る。
だが、中身が消える。
「……再現できない」
立ち止まる。
空を見る。
「……歪んでるな」
ほんの僅かに。
「見えます?」
部下が聞く。
「……見えないか」
「……何も」
視界の差。
認識の差。
「……個体差がある」
記録する。
だが――
「……意味がない」
再現できない。
共有できない。
「……詰まったな」
ギルドへ向かう。
中へ入る。
人がいる。
多い。
「……普通だな」
だが――
視線が揃う。
全員が一瞬だけこちらを見る。
同時に。
「……今の」
「何がですか」
「……いや」
消える。
記憶が。
「……分からん」
言葉にできない。
だが、確実に。
「……何かがいる」
確信に近い。
だが――
「……掴めない」
男の視点。
現象を追えば追うほど定義できないものにぶつかり、理解に近づいている感覚と同時に思考そのものが削られていくような違和感を覚えながら、それでも観測をやめることができない。
「……引けないな」
視線を上げる。
空間。
「……見てる」
誰かが。
だが、姿はない。
「……来い」
無意識に呟く。
答えはない。
だが――
「――いる」




