第1話「残響」
朝、目を覚ました瞬間、何か大事な夢を見ていたはずなのにその内容が指の隙間から零れ落ちるように消えていく感覚だけが残り、理由も分からないまま胸の奥に薄い不安が貼り付いて離れない。
「……何だ、これ」
体を起こす。
いつも通りの部屋。
窓。
光。
問題はない。
はずだ。
「……普通だな」
立ち上がる。
足を踏み出す。
その瞬間。
“同じ動作をした気がする”。
「……?」
振り返る。
何もない。
「……気のせいか」
だが、引っかかる。
微かに。
外に出る。
通り。
人がいる。
いつも通り。
「……おはよう」
隣の男が言う。
「……ああ」
返す。
だが――
「……誰だっけ」
顔は知っている。
声も知っている。
名前が出ない。
「……まあいいか」
男も気にしない。
笑う。
自然に。
「……どこ行くんだっけ」
足が止まる。
「……仕事だろ」
男が言う。
「……ああ、そうか」
思い出す。
だが、遅い。
歩く。
通りを進む。
人の流れ。
多い。
だが――
誰もぶつからない。
「……揃ってるな」
同じタイミングで避ける。
同じ方向へ流れる。
「……気持ち悪い」
ふと、前の男が止まる。
全員が止まる。
同時に。
「……は?」
一拍遅れて、全員が動き出す。
何事もなかったかのように。
「……何だ今の」
誰も答えない。
「……見えてないのか」
歩く。
続ける。
市場へ。
人が集まっている。
「次の人」
店主が言う。
客が一人出る。
その後ろ。
全員が同じ動きをする。
同時に。
同じ速度で。
「……おい」
声をかける。
隣の男に。
「……何だ?」
「今の見たか」
「……何が?」
「いや……」
言葉が出ない。
「……何だっけ」
思考が止まる。
「……いいか」
流れる。
それで終わる。
「……おかしいだろ」
だが、口に出すと。
何も続かない。
「……分からねえ」
その一言だけが残る。
離れる。
市場を抜ける。
人気のない通り。
少しだけ静かだ。
「……さっきの」
思い出そうとする。
止まる。
思考が切れる。
「……何もない」
代わりに。
“何かがあった感覚”だけが残る。
「……気持ち悪い」
視線を上げる。
空。
少しだけ歪んで見える。
気のせいかもしれない。
だが――
「……揺れてる」
瞬きする。
元に戻る。
「……疲れてるのか」
納得する。
無理やり。
その方が楽だ。
歩き出す。
止まらない。
通りに戻る。
人の流れ。
同じ。
「……普通だな」
だが、胸の奥に。
何かが残る。
消えない。
理由も分からないまま。
「――何かがおかしい」




