第8話「領域」
――減っている。
洞窟の奥を進みながら、俺は確信していた。
魔物の数が、明らかに少ない。
牙獣鼠の気配も、さっきまでの密度がない。
匂いも、薄い。
代わりに残っているのは。
血の匂い。
そして、強い個体の痕跡。
……食われている。
それが、一番自然な結論だった。
俺が食った分もある。
だが、それ以上に。
別の何かが、この領域を荒らしている。
あの異形。
あの存在が、周囲の魔物を喰い尽くしている可能性が高い。
……なら。
ここは、危険だ。
普通なら、離れるべきだ。
だが。
足は止まらない。
むしろ。
わずかに前へ出る。
……おかしい。
自分でも分かる。
危険だと理解しているのに。
“確かめたい”と思っている。
その感覚が、わずかに残る違和感として胸に引っかかる。
だが。
それも、すぐに薄れる。
代わりに残るのは、もっと単純な思考。
――この領域、使えるな。
魔物が減っている。
つまり。
競争が少ない。
安全に狩れる範囲が広がる。
……支配できる。
その言葉が、自然に浮かんだ。
支配。
誰に教わったわけでもない。
だが、理解できる。
この場所を、自分の狩場にする。
他の魔物を排除する。
そうすれば、効率よく成長できる。
……悪くない。
そう判断する。
その思考が、完全に“捕食者”のものだと気づく。
だが、もう違和感はほとんどない。
周囲を探る。
気配。
匂い。
小型の反応がいくつか。
だが、まとまっていない。
ばらけている。
……狩りやすい。
その時。
別の気配を捉える。
近い。
牙獣鼠ではない。
少し大きい。
そして――動きが遅い。
……弱い。
そう判断する。
近づく。
慎重に。
影に溶けるように。
やがて、視界に入る。
二足。
だが、人間ではない。
痩せ細った体。
皮膚が剥がれ、肉が露出している。
目は虚ろ。
口から黒い液体が垂れている。
――腐敗人形。
そんな言葉が浮かぶ。
人型の魔物。
だが、動きは鈍い。
……いける。
身体を広げる。
背後へ回る。
気づかれていない。
そのまま――覆う。
だが。
違和感。
硬い。
粘りがある。
牙獣鼠とは違う。
溶けにくい。
腐敗人形が反応する。
腕が振り上げられる。
遅い。
だが、重い。
直撃すれば、ダメージは大きい。
避ける。
横に流れる。
そのまま、脚に絡みつく。
倒す。
バランスが崩れる。
その隙に、上半身を覆う。
今度は深く。
完全に。
酸分泌。
時間をかけて溶かす。
抵抗が弱まる。
そのまま、押し潰す。
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【システム】
腐敗人形(F+)を捕食しました
経験値を獲得
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……少し強い。
だが、問題はない。
処理できる。
その認識が、はっきりと定着する。
内側が満たされる。
同時に、変化が走る。
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【システム】
レベルアップ
Lv7 → Lv8
HP :16 → 20 / 30
攻撃 :8 → 9
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……順調だ。
だが、それだけでは終わらない。
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【システム】
逸脱吸収が発動
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【システム】
スキルを取得しました
・腐敗耐性 Lv1
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……耐性。
理解する。
さっきの“溶けにくさ”の原因。
それを取り込んだ。
つまり。
今後は、同じ系統に強くなる。
……便利だな。
その感想が、自然に出る。
そして。
それを“当然”と感じている自分に、もう違和感はなかった。
その時。
ふと、背後に気配を感じる。
……いる。
別の魔物。
近い。
振り向く。
そこにいたのは、牙獣鼠。
だが、動かない。
こちらを見ている。
警戒。
だが、近づいてこない。
……逃げない。
妙だ。
普通なら、逃げるか、襲うかだ。
だが、こいつは。
距離を取っている。
様子を見ている。
……理解する。
俺を“強い個体”として認識している。
だから、近づかない。
その認識が、はっきりと浮かぶ。
……なるほど。
そういうことか。
この領域。
すでに。
俺が影響を与え始めている。
その時、表示が浮かぶ。
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【エラー】
領域影響度の上昇を検出
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────────────────────────
【エラー】
個体影響範囲:拡大中
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……影響。
範囲。
意味は、完全には分からない。
だが。
方向性は理解できる。
俺は。
ただ狩っているだけじゃない。
この場所に、影響を与えている。
変えている。
……面白い。
そう思った。
その感覚に、もう違和感はない。
ゆっくりと、身体を広げる。
洞窟の中。
この領域。
ここは。
俺の狩場だ。
その認識が、静かに定着する。
そして。
さらに奥へと進む。
まだ、足りない。
もっと。
強くなる。
その思考が、完全に根を張っていた。




