第6話「適応」
……まだ、動ける。
岩の裂け目の奥で、俺はゆっくりと身体を広げた。
削られた分だけ、明らかに体積が減っている。さっきまで感じていた“余裕”は完全に消えていた。
弱い。
その現実が、静かに突きつけられる。
だが同時に、理解もあった。
――死んでいない。
それがすべてだ。
ゆっくりと、周囲を探る。
匂い。
気配。
音。
さっきまでのように、無闇に奥へは進まない。
選ぶ。
確実に勝てる相手だけを。
その判断が、はっきりとできるようになっていた。
……学習。
そう言い換えてもいい。
さっきの戦闘で、無駄な動きがどれだけ多かったかを思い出す。
正面から受ける必要はなかった。
無理に包む必要もなかった。
もっと、効率よく。
もっと、確実に。
やれるはずだ。
その思考自体が、さっきまでの自分とは違っていた。
ゆっくりと、裂け目から外へ出る。
動きは慎重に。
気配を抑えながら。
洞窟の別方向へ進む。
さっきの異形がいる場所とは逆。
匂いが薄い方へ。
やがて、小さな気配を捉える。
牙獣鼠。
二体。
距離は近い。
……いける。
だが、すぐには動かない。
観察する。
動き。
癖。
反応。
一体が、頻繁に首を振る。
警戒が強い。
もう一体は、餌に集中している。
隙がある。
狙うなら、そっちだ。
身体をゆっくりと広げる。
音を立てない。
匂いを抑える。
距離を詰める。
さっきよりも、明らかに動きが洗練されている。
無駄がない。
そして。
動く。
瞬間的に広がり、対象だけを包む。
無駄に広げない。
必要な分だけ。
覆う。
沈める。
酸分泌。
短時間で処理。
ほとんど抵抗させない。
――早い。
さっきよりも、明らかに。
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【システム】
牙獣鼠(F)を捕食しました
経験値を獲得
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もう一体が反応する。
だが、逃げる。
……追わない。
判断する。
今は、無理に狩る必要はない。
確実な一体でいい。
その思考が、自然に出てくる。
……変わったな。
自分でも分かる。
さっきまでなら、追っていた。
だが今は違う。
無駄なリスクを取らない。
それが“正しい”と理解している。
内側が満たされる。
だが、さっきのような過剰な高揚はない。
冷静だ。
その状態のまま、ステータスが更新される。
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個体名:未設定
種族:屍喰いスライム
ランク:F
レベル:6
【ステータス】
HP :12 / 30
MP :3 / 3
攻撃 :7
防御 :1
敏捷 :5
知性 :0
【スキル】
・捕食 Lv1
・酸分泌 Lv1
・逸脱吸収 Lv1
・危機感知 Lv1
・嗅覚強化 Lv1
・耐久強化 Lv1
・反応強化 Lv1
【称号】
・規格外個体
・存在汚染
【状態】
軽度異常
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HPが、まだ低い。
回復していない。
……当然か。
食えば回復すると思っていたが、完全ではないらしい。
再生には、時間か。
それとも、別の条件があるのか。
その思考が浮かんだ瞬間。
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【システム】
再生速度が低下しています
要因:損傷過多
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……なるほど。
完全に理解できたわけではないが、方向性は見える。
無茶をすれば、その分回復も遅れる。
つまり。
戦い方が重要になる。
削られない戦い方。
それが必要だ。
その時。
ふと、思いつく。
……分散。
さっき、身体を分けた。
あれを、もっと意図的に使えば。
囮。
撹乱。
回避。
使える。
試す価値はある。
その思考と同時に、身体をわずかに分ける。
意識で操作できる。
完全ではないが、簡単な動きなら可能だ。
……面白い。
そう思った。
その感覚に、もう違和感はない。
強くなるための手段。
それだけだ。
その時、視界の奥でノイズが走る。
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【エラー】
適応速度上昇を検出
通常値を逸脱
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……またか。
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【エラー】
学習補正:異常
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意味は分からない。
だが。
“速すぎる”ということだけは、なんとなく理解できる。
普通ではない。
だが。
それがどうした。
強くなれるなら、それでいい。
その結論に、迷いはなかった。
ゆっくりと、身体を広げる。
次の獲物を探す。
今度は。
無理はしない。
確実に。
効率よく。
そして。
少しずつ。
あの異形に近づく。
そのために。
強くなる。
その思考が、静かに定着していた。




