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バグ個体に転生した俺、魔物として進化しながら人間社会を喰らう  作者: HATENA 
第1章「異常個体」

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第5話「危機」

 ――強くなった。


 その実感は、確かにあった。


 牙獣鼠では相手にならない。


 腐食狼すら、倒せた。


 身体は軽い。


 反応も速い。


 思考も、明らかに研ぎ澄まされている。


 だから。


 少しだけ、判断が甘くなっていた。


 洞窟の奥。


 濃い匂いのする方へ、迷いなく進んでいく。


 血の匂いが、さらに強くなる。


 腐臭も、重い。


 そして――


 何かが違う。


 今まで感じていた“魔物の気配”とは、明らかに質が違う。


 重い。


 濃い。


 圧のようなものが、空間そのものに満ちている。


 ……だが、止まらない。


 いや。


 止まれない。


 その時点で、もうおかしかった。


 危機感知が、微かに反応している。


 だが、それを“無視できる程度”だと判断してしまう。


 強くなったから。


 いける、と。


 そう思ってしまう。


 それが、間違いだった。


 開けた空間に出る。


 広い。


 今までで一番。


 中央に、何かがいた。


 最初は、分からなかった。


 岩のように見えた。


 だが違う。


 それは、ゆっくりと動いた。


 巨大な身体。


 硬質な外殻。


 全身が黒く、ひび割れたような表面。


 その隙間から、赤い光が漏れている。


 目。


 いくつもある。


 ――異形。


 虫に近い。


 だが、それだけじゃない。


 “存在”が重い。


 腐食狼とは比較にならない。


 理解する。


 これは。


 勝てない。


 その結論が、ようやく浮かぶ。


 だが。


 遅い。


 すでに、視線が合っている。


 異形が、ゆっくりと身体を起こす。


 その動きだけで、空気が震える。


 危機感知が、悲鳴のように反応する。


 ――逃げろ。


 その思考が、ようやく明確になる。


 遅すぎる。


 異形が、前脚を振り上げた。


 巨大な爪。


 振り下ろされる。


 避ける。


 間一髪。


 地面が砕ける。


 衝撃が走る。


 破片が飛び散る。


 身体の一部が削られる。


 ――まずい。


 次が来る。


 考える暇はない。


 逃げる。


 身体を裂き、広げ、隙間へと流れる。


 だが。


 速い。


 大きいのに。


 動きが速い。


 後ろから、気配が迫る。


 振り返らない。


 振り返った瞬間に終わる。


 前へ。


 とにかく前へ。


 その時。


 足元の岩が崩れた。


 ――しまった。


 バランスが崩れる。


 一瞬の遅れ。


 それで十分だった。


 衝撃。


 背後から叩きつけられる。


 身体が潰れる。


 視界が揺れる。


 意識が飛びかける。


 痛い。


 今までとは違う。


 はっきりとした“ダメージ”を感じる。


 削られている。


 存在が。


 このままでは――死ぬ。


 その認識が、ようやく全身を支配する。


 遅い。


 判断が、遅すぎた。


 異形が、再び爪を振り上げる。


 終わる。


 そう思った瞬間。


────────────────────────

【システム】


危機感知が発動


回避補正を適用


────────────────────────


 身体が、勝手に動いた。


 思考よりも速く。


 横へ流れる。


 ギリギリで、直撃を避ける。


 だが。


 完全には避けきれない。


 端が削られる。


 さらに小さくなる。


 ……まずい。


 このままでは、削り切られる。


 逃げるしかない。


 戦う選択肢は、もうない。


 それでも。


 ほんの一瞬だけ。


 考えてしまう。


 ――どうすれば勝てる?


 その思考が、自分でも異常だと分かる。


 だが。


 すぐに切り捨てる。


 今は違う。


 生き残る。


 それだけだ。


 身体をさらに分散させる。


 一部を切り離す。


 囮。


 異形の視線がそちらに向く。


 その間に、反対方向へ流れる。


 狭い隙間。


 岩の裂け目。


 そこに潜り込む。


 入れる。


 ギリギリ。


 異形は入れない。


 だが。


 爪が伸びてくる。


 削られる。


 さらに削られる。


 ……耐えろ。


 耐えろ。


 動くな。


 息を殺す。


 気配を消す。


 時間が過ぎる。


 長い。


 永遠のように。


 やがて。


 気配が、遠ざかる。


 完全に。


 ……助かった。


 その認識と同時に、力が抜ける。


 身体が、明らかに小さくなっている。


 削られた分だけ。


 弱くなっている。


 初めての感覚だった。


 成長ではなく。


 ――減少。


 その時、表示が浮かぶ。


────────────────────────

【システム】


HPが大幅に減少しています


HP   :8 / 30


────────────────────────


 ……8。


 ほとんど残っていない。


 もう一撃受ければ、終わっていた。


 ……甘かった。


 完全に。


 強くなったと錯覚していた。


 だが違う。


 まだ、底辺だ。


 上には、いくらでもいる。


 今のは、その証明だ。


 その認識が、深く刻まれる。


 同時に。


 別の感情が、わずかに湧き上がる。


 ――悔しい。


 逃げた。


 何もできなかった。


 削られて、逃げるしかなかった。


 その事実が、静かに残る。


 だが。


 それ以上に強いのは。


 理解だった。


 今は、無理だ。


 なら。


 どうする。


 簡単だ。


 強くなる。


 食う。


 奪う。


 それしかない。


 ゆっくりと、身体を整える。


 再生するには、時間がかかる。


 だが、動ける。


 まだ終わっていない。


 視線を、洞窟の別の方向へ向ける。


 さっきの異形とは逆。


 比較的、弱い匂い。


 ……まずは、そっちだ。


 順番を間違えるな。


 その思考が、はっきりと形になる。


 さっきとは違う。


 冷静だ。


 判断できる。


 そして、奥に残る。


 あの異形の存在。


 あれを。


 いつか。


 食う。


 その考えが、静かに根を張る。


 今は無理だ。


 だが、いつか。


 その時まで。


 生き残る。


 それだけを考え、俺はゆっくりと動き出した。

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