第4話「初戦」
匂いが、濃くなる。
さっきまでの牙獣鼠とは違う。
血の匂いが強い。
腐臭も混ざっている。
だがそれだけじゃない。
もっと重い。
濃い。
――強い個体の匂い。
直感で分かる。
これは、今までの相手とは違う。
それでも、身体は止まらなかった。
むしろ、わずかに前へと進む。
……試す。
そんな考えが自然に浮かんでいた。
強くなっている。
さっきまでとは違う。
なら、どこまで通用するか。
確かめたい。
その思考が、完全に“狩る側”のものだと気づく。
だが、もう止める気はなかった。
洞窟の奥へと進む。
やがて、空間が開ける。
天井が高い。
水滴が落ちる音。
中央に、何かがいた。
四足。
灰色の毛皮。
だが、ただの獣ではない。
体表の一部が崩れ、黒い肉が露出している。呼吸に合わせて、それが不規則に脈打っていた。
目は二つ。
どちらも濁っている。
だが、確実にこちらを捉えている。
――腐食狼。
そんな言葉が、自然に浮かんだ。
理由は分からない。
だが、分かる。
強い。
牙獣鼠とは比べものにならない。
ランクで言えば、おそらく――一つ上。
……逃げるか?
一瞬、思考が揺れる。
だが。
すぐに消える。
試す。
その結論は、変わらなかった。
腐食狼が、ゆっくりと立ち上がる。
低く唸る。
威嚇。
縄張り意識。
そして――
獲物を見つけた時の反応。
俺は、すでに“敵”として認識されている。
いい。
なら。
来い。
その瞬間、腐食狼が地面を蹴った。
速い。
牙獣鼠とは比較にならない。
一直線に、こちらへ。
避ける。
……いや、間に合わない。
判断と同時に、身体を広げる。
正面から受ける。
ぶつかる。
衝撃。
重い。
圧倒的に。
身体が押し潰される。
粘液が弾ける。
内部に牙が食い込む。
――強い。
その事実が、はっきりと理解できた。
だが。
それでも。
離さない。
包む。
絡める。
締める。
だが、浅い。
完全に覆いきれない。
腐食狼が暴れる。
爪が振るわれる。
身体が裂ける。
感覚が飛びかける。
――まずい。
このままじゃ、押し切られる。
思考が高速で回る。
どうする。
どうすればいい。
その瞬間、何かが繋がる。
……速さ。
俺の強みは。
“広がれる”こと。
なら。
全体で包む必要はない。
分ける。
裂く。
身体を、意図的に分離する。
思考と同時に、身体が反応した。
粘液が二方向に裂ける。
一部を犠牲にする。
腐食狼の牙に、あえて噛ませる。
その間に、背後へ回り込む。
……いける。
残った身体で、後ろ脚に絡みつく。
引く。
バランスが崩れる。
倒れる。
その瞬間、全体を覆う。
今度は、深く。
完全に。
逃がさない。
締める。
押し潰す。
酸分泌。
内側から溶かす。
腐食狼が暴れる。
だが、さっきとは違う。
確実に、削れている。
骨が軋む。
肉が崩れる。
抵抗が弱くなる。
――勝てる。
その確信と同時に、さらに圧をかける。
やがて。
動きが止まった。
完全に。
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【システム】
腐食狼(E)を捕食しました
経験値を獲得
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……勝った。
理解する。
今のは、ただの捕食じゃない。
戦闘だった。
考えて。
判断して。
勝った。
その事実が、強く残る。
内側が満たされる。
だが、さっきまでとは違う。
もっと重い。
濃い。
力が流れ込んでくる感覚。
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【システム】
レベルアップ
Lv4 → Lv6
HP :22 → 30
攻撃 :5 → 7
敏捷 :4 → 5
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……一気に上がった。
理解する。
格上を食った。
その分、成長も大きい。
そして――
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【システム】
逸脱吸収が発動
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来る。
まただ。
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【システム】
スキルを取得しました
・耐久強化 Lv1
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……やはり。
普通ではない。
だが、それだけじゃなかった。
視界が、わずかに歪む。
ノイズ。
そして。
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【エラー】
過剰成長を検出
処理負荷増大
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……過剰?
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【エラー】
制御不能領域に接近
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意味は分からない。
だが。
良くないものだと、直感する。
それでも。
止まらない。
身体は、確実に強くなっている。
さっきまでの自分とは違う。
牙獣鼠では相手にならない。
腐食狼ですら、勝てた。
……なら。
次は。
もっと上だ。
その考えが、自然に浮かぶ。
そして。
それを危険だと思う感覚が、ほとんど消えていることに気づく。
……まあいい。
どうでもいい。
強くなれるなら。
それでいい。
洞窟の奥へと視線を向ける。
さらに濃い匂い。
さらに強い気配。
――まだいる。
そして、思う。
もっと食えば。
どこまで行ける?
その問いに、答えはない。
だが。
確かめる価値はある。
どす黒い身体が、ゆっくりと前へ進む。
もう、戻る理由はなかった。




