第3話「違和感」
――嗅える。
さっきまで曖昧だった匂いが、はっきりと線を持って感じ取れる。
血の匂い。
腐肉の匂い。
そして、生きているものの匂い。
数も、方向も、なんとなくだが分かる。
洞窟の奥。
複数。
小型の反応。
牙獣鼠か、それに近いもの。
……いい。
狩れる。
そう判断するまでに、ほとんど時間はかからなかった。
思考が早い。
いや、違う。
迷いがない。
以前なら、もう少し躊躇があったはずだ。
だが今は。
“どうすれば効率よく殺せるか”だけを考えている。
それが自然だと感じている自分に、ほんの一瞬だけ違和感を覚える。
……まあいい。
考えても意味はない。
身体を低く広げ、地面に沿うように移動する。
粘液の身体は、影と区別がつかない。
匂いを辿る。
ゆっくりと。
確実に。
やがて、開けた空間に出た。
少し広い。
中央に、黒ずんだ肉塊が転がっている。
その周りに、牙獣鼠が三体。
互いに距離を取りながら、肉を奪い合っている。
争っている。
――好都合だ。
注意が散っている。
狙うなら今。
思考は、もう完全に“狩り”のそれだった。
一体。
距離が近い個体を選ぶ。
動きは速い。
だが、視線は肉に集中している。
……いける。
身体をさらに薄く広げる。
音を立てず、匂いを殺し、じわじわと距離を詰める。
牙獣鼠の一体が、肉にかぶりついた。
その瞬間。
動く。
地面から跳ね上がるように、全体を一気に押し広げる。
覆う。
沈める。
反応する間もなく、牙獣鼠の上半身を飲み込む。
ぐちゅ、と音のない衝撃。
暴れる。
だが、すでに遅い。
締める。
溶かす。
短時間で処理する。
そのまま引き込む。
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【システム】
牙獣鼠(F)を捕食しました
経験値を獲得
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残りの二体が、こちらに気づいた。
威嚇の鳴き声。
だが、逃げない。
……逃げない?
一瞬、思考が止まる。
普通なら、逃げるはずだ。
仲間が一瞬で消えた。
それを見て、逃げない。
むしろ、こちらを囲むように動く。
……なるほど。
理解する。
こいつらは、弱い個体を狩る習性がある。
つまり今、俺は“獲物”として認識されている。
面白い。
そう思った。
その感覚に、自分でわずかに驚く。
だが、もう止まらない。
片方が飛びかかってくる。
速い。
だが。
見える。
嗅覚と、わずかな気配で、動きが分かる。
身体を横に流す。
掠める。
そのまま包み込む。
もう一体が背後から来る。
だが遅い。
先に一体を潰す。
締める。
溶かす。
そのまま引き込む。
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【システム】
牙獣鼠(F)を捕食しました
経験値を獲得
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最後の一体。
わずかに躊躇した。
その一瞬で十分だった。
逃げようとしたところを、追いつく。
覆う。
沈める。
終わりだ。
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【システム】
牙獣鼠(F)を捕食しました
経験値を獲得
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静かになる。
空間に、俺だけが残る。
内側が満たされていく。
強く。
濃く。
さっきまでとは明らかに違う。
その時、表示が割り込む。
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【システム】
レベルアップ
Lv3 → Lv4
HP :18 → 22
攻撃 :4 → 5
敏捷 :3 → 4
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……速い。
成長が。
明らかに。
普通よりも。
その認識と同時に、別の表示が出る。
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【システム】
逸脱吸収が発動
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……来る。
そう思った瞬間。
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【システム】
スキルを取得しました
・反応強化 Lv1
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まただ。
おかしい。
明らかに。
捕食するたびに、何かを“取りすぎている”。
普通の魔物は、こんな風にはならないはずだ。
……比較対象はないが、それでも分かる。
これは異常だ。
だが。
――強い。
それも、事実だった。
思考が、より速くなる。
動きが、より正確になる。
狩りが、簡単になる。
それが気持ちいい。
その感覚に、わずかに寒気が走る。
……人間だった頃。
こんな風に思ったことがあったか?
ない。
断言できる。
これは違う。
確実に。
だが。
それでも。
やめる理由がない。
むしろ、進む理由しかない。
その時。
視界の奥で、何かが揺れた。
ノイズ。
わずかに、だが確かに。
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【エラー】
不明な成長補正を検出
再計算を試行
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……エラー?
初めて見る表示。
【システム】ではない。
違う。
何かがズレている。
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【エラー】
補正失敗
処理を継続します
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……継続?
何を?
理解しようとする。
だが、答えは出ない。
ただ一つ分かるのは。
自分の成長は、正常ではない。
そして。
それは、止まらない。
ゆっくりと身体を広げる。
洞窟の奥へ。
さらに濃い匂いの方へ。
獲物はまだいる。
食える。
強くなれる。
その思考が、自然に流れる。
そして、それを“おかしい”と感じる感覚が、少しずつ薄れていることに気づく。
……まあいい。
どうでもいい。
生きるためだ。
そう結論づける。
だが、その思考の奥で。
わずかに、別の感覚が残っていた。
――これは、本当に“生きている”のか?
その疑問は、すぐに消えた。
次の獲物の匂いが、強くなったからだ。




