第10話「視線」
扉を出たあとも、背中に残る視線の重さが完全には消えず、通りに出て人の流れに紛れてもなお、どこか一つだけ“外れない意識”があるような感覚が続く。
振り返らない。
意味がない。
見る行為そのものが“意識している”と伝わる。
「……いるな」
数は多い。
だが、その中に一つだけ質の違う視線が混ざっている。
興味ではない。
警戒でもない。
もっと、具体的な“違和”に近いものだ。
歩く。
速度を変えない。
流れに乗る。
だが、意識は後方へ向ける。
距離。
位置。
動き。
「……ついてきてるか」
断定はしない。
だが、可能性は高い。
角を曲がる。
人の密度が少し落ちる。
視線の数が減る。
残るかどうか。
「……」
足音。
わずかに重なる。
一定距離。
離れない。
「……確定か」
路地へ入る。
狭い。
人が少ない。
音が反響する。
逃げる場所ではない。
だが、確かめるには十分だ。
「……来るか」
足を止める。
振り返る。
「……何の用だ?」
声をかける。
そのまま。
隠さない。
男が一人。
距離を保ったまま止まる。
ギルドにいた。
さっきの視線。
「……やっぱり気づいてたか」
声は落ち着いている。
だが、目が違う。
観察している。
細かく。
「……何がだ」
返す。
曖昧に。
情報は出さない。
男の視点。
目の前の存在は、見た目は完全に人間だが、さっきの戦闘の速さと無駄のなさが頭から離れず、それが単なる実力の差では説明できない違和感として残っている。
普通のやつじゃない。
そう感じている。
だが、確信はない。
「……速すぎる」
男が言う。
単純な言葉。
だが、核心に近い。
「……あれは普通じゃない」
「……そうか?」
返す。
軽く。
気にしていない風を作る。
「……いや」
男が一歩踏み出す。
距離が縮まる。
「普通じゃない」
繰り返す。
確信に近づいている。
「……なら、どうする」
問い返す。
逃げない。
視線を外さない。
「……何だと思う?」
逆に投げる。
情報を引き出す。
男が一瞬だけ言葉を止める。
迷う。
言うか。
言わないか。
「……分からない」
結局、そこに落ちる。
確信はない。
だから踏み込めない。
「……だろうな」
短く返す。
それで十分だ。
「……だが、違う」
男が続ける。
引かない。
「普通じゃないってことだけは、分かる」
その言葉は正しい。
正確に近い。
だが――
「……それだけだ」
結論は変わらない。
確定していない。
だから、動けない。
「……そうだな」
男が息を吐く。
わずかに緊張が抜ける。
「証拠もないしな」
引く。
完全ではない。
だが、一歩下がる。
「……忠告だ」
去る前に言う。
「目立つな」
視線が残る。
警告。
それ以上でも、それ以下でもない。
男が去る。
足音が遠ざかる。
完全に消えるまで、動かない。
「……なるほど」
整理する。
速さ。
動き。
無駄のなさ。
それが“違和感”になる。
「……やりすぎか」
基準が違う。
合わせる必要がある。
路地を出る。
再び人の中へ戻る。
音が増える。
視線が散る。
「……目立つな、か」
思い出す。
さっきの言葉。
「……理解はしている」
だが。
「……抑える必要があるな」
歩きながら、動きを微調整する。
少し遅らせる。
無駄を混ぜる。
完璧を崩す。
「……これでいい」
視線はもうない。
少なくとも、さっきの質のものは。
「……一人か」
だが、それで十分だ。
「……出てきたな」
違和感を拾う個体。
「……面白い」
空を見上げる。
意味はない。
ただの動作。
人間の再現。
「――次は、どう動く」




