第8話「接触」
扉を押し開けた瞬間、内部の空気が一気に流れ込み、外とは違う密度を持った音と匂いが混ざり合う中で、ここが単なる集会所ではなく“機能を持った場所”であることを、考えるより先に感じ取る。
視線が集まる。
数秒。
それだけだ。
だが、その数秒で十分に“新顔”として認識される。
「……多いな」
人の数。
装備。
体格。
動き。
森で見た連中とは違う。
無駄が少ない。
だが、完全でもない。
「……戦う連中か」
断片的な記憶と一致する。
ギルド。
仕事を受ける場所。
情報が集まる場所。
歩く。
止まらない。
迷わない。
入口で立ち止まる方が、不自然になる。
視線を受け流しながら、そのままカウンターへ向かう。
「……何だ?」
受付の女が顔を上げる。
視線が鋭い。
表情は崩れていない。
だが、観察している。
「……登録だ」
簡潔に言う。
余計な言葉は出さない。
「初めてか?」
「……ああ」
短く返す。
間を少しだけ置く。
考えている風を残す。
「身分証は?」
来る。
予想していた。
「……ない」
そのまま返す。
誤魔化さない。
「は?」
空気がわずかに変わる。
後ろの気配も動く。
興味が向く。
「……どういうことだ」
「盗られた」
短く答える。
それ以上は言わない。
「証明できるものは?」
「ない」
間を空けずに返す。
迷いを見せない。
女の視線が細くなる。
警戒。
当然だ。
「……ふざけてるの?」
声が低くなる。
周囲の空気も少しだけ固まる。
「……いや」
首を振る。
ゆっくり。
焦りは見せない。
「本当だ」
それだけ言う。
言葉を足さない。
数秒。
沈黙。
視線が集まる。
完全に止まっている。
「……試すか」
内側で思考が動く。
ここで押すか。
引くか。
「……押す」
決める。
「仕事を受ければ証明になる」
言葉を出す。
自然に。
「結果で見ればいい」
余計な説明はしない。
提案だけを置く。
空気が揺れる。
完全な否定ではない。
だが、肯定でもない。
「……は?」
女が眉を寄せる。
理解はしている。
だが、受け入れていない。
「身元不明で仕事?」
当然の反応。
だが。
「……問題あるか?」
返す。
視線を外さない。
「失敗すれば損をするのは俺だ」
短く。
理由を置く。
「成功すれば、問題ない」
周囲の空気が変わる。
少しだけ。
興味が混ざる。
「……変なやつだな」
後ろから声。
軽い笑い。
緊張が少し崩れる。
「……だが、間違ってはない」
別の声。
低い。
評価している。
女が息を吐く。
わずかに肩の力が抜ける。
「……仮登録ならできる」
条件付き。
拒絶ではない。
「……それでいい」
即答する。
迷わない。
「失敗したら終わりだからね」
釘を刺される。
「……分かってる」
紙が置かれる。
簡単な記入。
名前。
最低限の情報。
「……名前は?」
来る。
「……バグ」
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
当然の反応。
だが、変えない。
「それが名前だ」
視線を外さない。
女が眉をひそめる。
違和感。
だが、否定しきれない。
「……本名?」
「……ああ」
短く返す。
それ以上は言わない。
沈黙。
だが、拒絶はない。
「……変わってるわね」
そう言いながら、書き込む。
受理された。
紙が戻る。
「仮登録、完了」
形式上の所属。
内部への足場。
「……これでいい」
思考が整理される。
中に入った。
さらに深く。
視線を感じる。
複数。
興味。
警戒。
評価。
すべて混ざっている。
「……見られてるな」
当然だ。
だが――
「……問題ない」
まだ、“排除”には至っていない。
掲示板を見る。
依頼が並ぶ。
情報。
報酬。
危険度。
「……効率がいい」
自然に理解できる。
選べる。
狩れる。
「……いい場所だ」
その場に立ちながら、周囲の気配を拾い続ける。
声。
動き。
癖。
すべてがデータになる。
「……足りるな」
ゆっくりと視線を落とす。
依頼書。
紙の上の情報。
だが、それだけじゃない。
その裏にある“人間の動き”も見える。
「――使える」




