第7話「選択」
目を開けた瞬間、外の気配がそのまま流れ込んでくるような感覚があり、壁一枚隔てているだけで完全には遮断されない音や振動が、連続した情報として頭の中に広がる。
足音が通り過ぎる。
会話が混ざる。
扉の開閉音が周期的に繰り返される。
「……朝か」
時間の経過を、光ではなく“流れ”で認識する。
眠っていない。
だが、動いてもいない。
その状態を維持したままでも問題はないが、この行動自体が“人間としての再現”になっている以上、無意味ではない。
体を起こす。
動きは安定している。
昨日よりも自然だ。
「……馴染んできたな」
意識しなくても崩れない。
それが変化だ。
部屋を出る。
廊下に出た瞬間、複数の視線が一瞬だけこちらに向くが、すぐに外れる。
注目されていない。
それが分かる。
「……通ってるな」
違和感はある。
だが、排除されるレベルではない。
外に出る。
光。
人の流れ。
昨日と同じだが、見え方が違う。
「……多い」
情報量が増えている。
いや、拾えている。
会話の断片。
動きの癖。
視線の意味。
「……理解が進んでるな」
説明するまでもない。
処理できている。
歩く。
流れに乗る。
自然に。
違和感は出ない。
出ても、埋もれる。
「……問題ない」
ここまでは、順調だ。
だが。
足が、わずかに止まりかける。
匂い。
近い。
人間。
単体。
裏路地。
視線が少ない。
「……いるな」
条件が揃っている。
遮蔽物。
孤立。
音の少なさ。
「……喰える」
思考が浮かぶ。
自然に。
抑えようとする必要すらないほど、当たり前の選択肢として。
視線を向ける。
路地の奥。
一人。
荷物を持っている。
注意は前。
後ろは見ていない。
「……弱いな」
戦闘能力ではない。
状況認識の話だ。
「……行ける」
距離。
時間。
介入のリスク。
すべてが許容範囲に収まっている。
一歩。
足が動く。
自然に。
流れを外れる。
人の密度が下がる。
音が減る。
「……今なら」
さらに一歩。
距離が縮まる。
呼吸が聞こえる。
背中が見える。
「……」
手を伸ばす。
そのまま届く距離。
止まる。
ほんのわずか。
理由は明確だ。
「……ここで喰うと、どうなる」
場所。
時間。
処理。
証拠。
その後の動き。
「……面倒だな」
処理はできる。
隠せる。
だが、リスクがある。
今は内部に入った直後だ。
「……優先順位」
整理する。
捕食。
情報取得。
潜入。
「……今は」
手を引く。
静かに。
気づかれないように。
「……まだだな」
男がそのまま歩いていく。
何も気づかずに。
「……逃がしたか」
そういう見方もできる。
だが。
「……違うな」
逃がしたんじゃない。
“選ばなかった”。
路地から出る。
再び人の流れに戻る。
音が増える。
視線が散る。
「……今は、人間として動く」
決める。
明確に。
曖昧にしない。
「……捕食は、その後だ」
記憶の中の情報を引き出す。
ギルド。
人が集まる場所。
仕事。
情報。
「……効率がいい」
自然に足が向く。
迷いはない。
「……まずは中に入る」
構造の中心へ。
より深い場所へ。
建物が見える。
人の出入りが多い。
武装した者。
軽装の者。
様々だ。
「……ここか」
立ち止まる。
一瞬だけ。
呼吸を整える。
違和感を抑える。
「……行くか」
扉を押す。
中へ入る。
空気が変わる。
視線が集まる。
だが――
「……通るな」
止められない。
拒まれない。
「……問題ない」
足を進める。
内部へ。
人間の構造の中へ。
さらに深く。
「――侵入、継続」




