第4話「違和感」
森を進む足音が三つに増えたことで、空気の密度がわずかに変わり、それぞれの呼吸や歩幅の違いが重なり合う中で、自分の動きだけが“少しだけ整いすぎている”ことに気づく。
合わせる。
崩す。
完全に揃えるのではなく、あえて微妙なズレを残すことで、自然な不均一さを再現し、違和感を“感じさせない方向”へと調整する。
「……で、その村ってどの辺なんだ?」
横を歩く男が、何気ない調子で聞いてくるが、その視線が一瞬だけこちらの足元をなぞる。
観察されている。
「……ああ、山を一つ越えた先だ」
曖昧に返す。
具体性は避ける。
だが、不自然にはしない。
「山って……どの山だよ」
食い下がる。
さっきよりも、わずかに距離が近い。
「……名前までは覚えてないな」
即答する。
間を作らない。
だが、その“速さ”が逆に浮く。
「……さっきもそんな感じだったよな」
空気が、わずかに変わる。
完全な警戒ではない。
だが、“引っかかり”が生まれている。
男の視点。
目の前を歩くこいつは、見た目は普通だが、どこか噛み合っていない感覚がある。
歩き方が整いすぎている。
無駄がない。
だが、人間はこんなに綺麗に動かない。
「……なあ」
声をかける。
反応が早い。
早すぎる。
考える前に答えているような違和感。
「お前、本当にその村のやつか?」
視線が集まる。
二人分。
逃げる距離ではない。
だが、詰められているわけでもない。
まだ、“疑い”の段階だ。
「……ああ」
短く返す。
ここで長く話すのは危険だ。
情報のズレが出る。
「……本当か?」
もう一人が口を挟む。
声が少し低い。
警戒が混ざっている。
「……疑う理由があるか?」
問い返す。
攻める。
守るだけでは、押される。
「いや……」
言葉が止まる。
だが、完全には引かない。
「……なんか、変なんだよな」
核心には触れない。
だが、近い。
変。
その言葉が、妙に正確に感じられる。
完全に見抜かれているわけではない。
だが、“正常ではない”という感覚は掴まれている。
「……なるほど」
問題は、見た目ではない。
動きでもない。
“全体の噛み合い”だ。
「……なら」
少し、崩す。
意図的に。
歩幅を乱す。
視線を泳がせる。
呼吸のリズムを崩す。
「……っ」
軽く足を止める。
額に手を当てる。
「……どうした?」
反応が来る。
速い。
さっきよりも自然だ。
「……いや、ちょっとな」
言葉を濁す。
完全には説明しない。
だが、理由は示す。
「頭、まだ少し変なんだ」
視線を下げる。
思考が鈍っているように見せる。
「……ああ」
男の表情が緩む。
完全ではない。
だが、納得に近い。
「さっき言ってたやつか」
「……たぶんな」
曖昧に返す。
断定しない。
“自分でも分かっていない”形を作る。
空気が、戻る。
完全ではないが、“危険”からは外れた。
「……そういうことか」
内側で整理する。
整いすぎると不自然になる。
正確すぎると疑われる。
「……人間は、雑だな」
だが、それが基準だ。
「……なら、合わせるだけだ」
歩き出す。
今度は、少し崩したまま。
完璧ではない動きで。
音も、少しだけ不揃いにする。
「……これでいい」
違和感は、完全には消えない。
だが、“理由が付けば許容される”。
「……面白いな」
人間は、論理だけで動いていない。
矛盾を抱えたまま、進む。
「……だから、入り込める」
森の奥。
その先にある人間の領域を思い浮かべながら、足を進める。
疑いは残っている。
だが、それは“排除の理由”にはなっていない。
「――侵入、継続」




