第3話「初会話」
森を進むにつれて、足音の響き方が変わっていくのを感じ取りながら、意図的に歩幅と速度を揃え、過剰な静寂にならないよう“わざと雑さを残す”動きへと調整していく。
葉を踏む音。
枝が擦れる音。
それらが不規則に混ざることで、周囲に溶け込む感覚がわずかに生まれ、完全ではないにせよ“違和感を薄める方向”には進んでいると分かる。
前方。
気配。
複数。
声が聞こえる。
「……この辺りだったよな?」
「いや、もっと奥だって言ってたはずだろ」
足が、ほんのわずかに止まりかける。
距離はまだある。
だが、避けるか、接触するかの判断が必要になる位置だ。
「……試すか」
引く理由はない。
むしろ、ここで避け続ければ実地の調整が遅れる。
足を進める。
音を消さない。
だが、大きくもしない。
自然に。
そのまま、木の間から姿を見せる。
――人影。
男が二人。
年齢は中程度。
装備から見て、戦闘慣れはしていない。
「……誰だ?」
視線が向く。
警戒はある。
だが、即座に攻撃に移るほどではない。
「……ああ、助かった」
口を開く。
声は問題ない。
抑揚も再現できている。
「道に迷ってな、ここらに詳しい奴を探してた」
言葉を繋ぐ。
自然に。
記憶をなぞるように。
だが――
「……どこから来た?」
一人が、少し踏み込む。
距離が縮まる。
視線が、細かく動く。
観察されている。
「……西の方だ」
即答する。
間を作らない。
迷いを見せない。
だが、その瞬間。
ほんのわずかに、相手の目が細くなる。
「西って……どの辺だよ」
詰めてくる。
具体性を求めている。
「……村だよ、名前は――」
止まる。
一瞬。
頭の中で、該当する記憶を探る。
だが、その“間”が――
「……おい」
空気が変わる。
さっきまでの警戒とは違う。
もっと具体的な違和感。
「今、なんで詰まった?」
視線が、刺さる。
逃げ道はある。
だが――
「……いや」
わずかに肩をすくめる。
呼吸を整える。
「名前、忘れた」
言い切る。
曖昧さを残さない。
「は?」
当然の反応。
だが、続ける。
止まらない。
「襲われてな、途中で頭打った」
額を軽く叩く仕草を入れる。
記憶の中の動きを再現する。
「細かいことが飛んでる」
説明を足す。
最低限。
過剰にはしない。
相手の反応を見る。
男の視線が揺れる。
完全に信じたわけではない。
だが、否定もしきれていない。
「……マジかよ」
もう一人が口を開く。
声色が変わる。
警戒が、少しだけ緩む。
「血とか出てねえぞ?」
「軽いんだろ」
被せる。
即座に。
「痛みもほとんどないしな」
自然に笑う。
記憶にある“人間の曖昧な笑い方”をなぞる。
すると、空気がさらに緩む。
「……運いいな」
「普通なら死んでるぞ」
納得ではない。
だが、受け入れた。
矛盾を“雑に処理した”。
「……そうか」
小さく頷く。
内側で、別の思考が動く。
今の“間”。
あれは危なかった。
情報はある。
だが、“引き出しの速度”が足りていない。
完全に一致していない。
「……詰められると、崩れるな」
近距離。
具体質問。
この組み合わせが危険になる。
「……覚えた」
次は詰まらない。
詰まる前に、嘘を作る。
“空白を見せない”。
「それで、どこ行くんだ?」
男が聞いてくる。
視線はもう柔らかい。
「……町だ」
短く答える。
「なら一緒に来るか?」
提案。
自然な流れ。
断る理由はない。
「……助かる」
言葉を返す。
そのまま、三人で歩き出す。
距離が近い。
音が混ざる。
呼吸が聞こえる。
人間の中にいる。
「……なるほど」
この距離。
この空気。
ここで“違和感を出さない”ことが重要になる。
「……思ってたより、面倒だな」
だが。
同時に――
「……使える」
人間は、曖昧だ。
矛盾を受け入れる。
不完全を許容する。
「……だから、入り込める」
視線を前に向ける。
森の奥。
その先にある場所。
「――侵入、継続」




