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バグ個体に転生した俺、魔物として進化しながら人間社会を喰らう  作者: HATENA 
第12章「継承(エピローグ)」

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第4話「記録」

 通りの違和感に気づく者は少ないが、気づいた者の中には、それをそのまま流さずに記録しようとする者もいた。


 細い路地にある小さな店の奥で、若い記録士が机に向かい、朝から何度も同じ内容を書き直している。


 紙には人の流れや時間のズレについての観察が並んでいるが、どれも決定的な説明にはなっていない。


 「……また違う」


 書いたばかりの文章を見て、記録士は小さく息を吐き、ペン先を止めた。


 通りで見た光景は確かに覚えているのに、いざ言葉にしようとすると、どうしても形が崩れてしまう。


 人の数は増えているはずなのに歩きやすく、距離は一定のはずなのに伸び縮みして見える。


 どれも事実として認識しているはずなのに、それをそのまま書くと、なぜか嘘のように感じられてしまう。


 「……おかしくないのに、おかしい」


 呟いた言葉も、どこか曖昧で、自分でも納得できていない。


 机の上には、似たような記述がいくつも並んでいた。


 どれも同じ現象を指しているはずなのに、少しずつ表現が違い、どれも決定的ではない。


 記録士は紙をめくり、別の記述に目を落とす。


 そこには“人が何もない場所を避ける”という観察が書かれていた。


 自分でも同じ場面を見たはずなのに、そのとき何を感じたのかがうまく思い出せない。


 確かに違和感はあった。


 だが、それがどんな種類のものだったのか、言葉にしようとすると抜け落ちてしまう。


 「……残らないな」


 ペンを握り直しながら、記録士は小さく呟いた。


 現象自体は消えていない。


 だが、理解しようとした瞬間に、意味だけが薄れていく。


 まるで“理解すること”が前提にないような形で存在している。


 窓の外を見ると、通りには相変わらず人が流れている。


 誰も困っていないし、誰も止まっていない。


 違和感はあるはずなのに、それが問題として扱われていない。


 「……気にする方がおかしいのか?」


 自分の考えに疑問を持つ。


 周囲が普通に動いている以上、自分の認識の方がずれている可能性もある。


 だが、それでも確かに“何か”は存在していた。


 それだけは間違いない。


 記録士はもう一度紙に向き直り、ゆっくりと書き始める。


 “現象は確認できるが、説明が成立しない”


 その一文を書いたところで、手が止まった。


 それ以上の言葉が続かない。


 どれだけ考えても、そこから先に進めない。


 「……これが限界か」


 静かに呟く。


 理解できないものは、理解できないまま残る。


 それでも、記録として残すことには意味があると信じて、ペンを置いた。


 机の上には、完成とは言えない記録が積み重なっていく。


 どれも曖昧で、不完全で、決定的ではない。


 だが、それが今のこの世界を最も正確に表しているようにも思えた。


 記録士は窓の外をもう一度見る。


 人は歩き続けている。


 違和感を抱えたまま。


 それでも止まらず、何も変えようともせずに。


 「……それでいいのか」


 答えは出ない。


 だが、問い自体も長くは残らなかった。


 やがて思考は薄れ、ただ“そういうものだ”という感覚だけが残る。


 記録は残る。


 だが、理解は残らない。


 それでも世界は続いていく。

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