第3話「存在」
通りの流れは相変わらず途切れず、人の動きは滑らかに続いているのに、青年にはその中に一か所だけ“引っかかる場所”があるように感じられた。
混雑の中でも歩きやすい状態は変わらず、誰ともぶつからないまま進めているのに、視界の端で何かがずれているような感覚が消えない。
最初は気のせいだと思っていたが、何度か同じ場所を通るうちに、その違和感は偶然ではない気がしてきた。
「……あそこか?」
立ち止まるほどではないが、足の速度を少しだけ落として、青年は視線を向ける。
通りの真ん中あたり、人が流れているはずの位置に、なぜか“間”のようなものができている。
空いているわけではない。
人は確かに通っている。
だが、その場所だけ、流れがわずかに歪んで見えた。
誰かがそこを通ろうとすると、ほんの少しだけ軌道が変わる。
意識している様子はないのに、自然と避けるような動きになる。
青年も近づいたとき、同じように足がわずかに外へずれた。
避けたつもりはない。
だが、結果としてその場所を通っていなかった。
「……なんだこれ」
思わず足を止めかけるが、後ろから来る人の流れに押されて、そのまま前へ進んでしまう。
振り返ろうとした瞬間、すれ違った誰かと軽く肩が触れた。
はずだった。
だが、衝撃はなかった。
触れた感覚だけがあって、実際には当たっていないような妙な違和感が残る。
「……え?」
思わず足を止めて振り返る。
人はいる。
普通に歩いている。
だが、さっきの“何か”はもう分からない。
通りの流れは変わらず、特別なことは何も起きていないように見えた。
それでも、さっき見た場所だけは、確かに何かがおかしかった。
もう一度そこを確認しようとして、青年は少しだけ進路を変える。
人の流れに逆らわないように、ゆっくりと近づいていく。
さっきと同じ位置に差しかかったとき、足がまたわずかに外へずれた。
今度ははっきり分かる。
自分で避けているわけではない。
“避けさせられている”ような感覚だった。
その瞬間、視界の端で何かが動いた気がした。
人影のようにも見えたが、形ははっきりしない。
そこに“いる”と感じたのに、視線を向けたときには何もなかった。
「……いるのか?」
小さく呟く。
返事はない。
周囲の人間も、特に何も気づいていない様子だった。
ただ、誰もその場所にまっすぐ入ろうとしない。
自然に避ける。
理由は分からないまま。
青年はしばらくその場を見ていたが、やがて小さく息を吐いて視線を外した。
分からないものを考え続けても、答えは出ない。
それに、実際には何も起きていない。
危険もない。
困ることもない。
「……まあ、いいか」
そう言って、再び通りの流れに戻る。
背後では人が行き交い、同じようにその場所を避け続けている。
それでも誰も立ち止まらず、疑問も持たず、ただ自然に動いていた。
青年もまた、その一部として歩き続ける。
さっき感じた“何か”は、確かにあったはずなのに、振り返るたびに曖昧になっていく。
「……気のせいか」
その一言で片付ける。
完全には納得していない。
だが、それ以上考える理由もなかった。
通りは流れ続ける。
人は歩き続ける。
何も変わっていないように見えて、どこかだけが確かに違っていた。




