第32話 ご飯にする?お風呂にする?それとも……の、一番大切な部分を間違えているお隣さん4
「ふふん! わかりますよわかりますよ……春秋さんは今、後悔なされてますね?」
「後悔?」
「そうです! 『こよりがあの弁当を大絶賛だと⁉ くそ、てことは俺の見る目がおかしかったってことじゃねーか! 謝りたい、今すぐ菓子折り持って謝りたい!』と、後悔されてますよね?」
「いえ全然そんなことはないですけど」
「ですよね後悔されてますよね!」
どうやら俺の発言は右から左に流れてしまったようで。止まることを知らない安住さんが話を進める。
「でもどうか自分を苛まないで! 私があなたを許すから! 空よりも広い心を持っているこの私があなたを許すから!」
「………………」
身振り手振り交えて言葉を発する安住さんはまるで舞台上の役者だ。今の彼女は酒に酔ってるのではなく〝自分〟に酔ってしまっている。
「だからどうか気にしないで。それよりも、返事を――返事を私に聞かせてロミオロメン!」
いやどっち! 誰もが知ってる戯曲の方? それとも卒業シーズンに打ってつけのあの曲を歌ってるアーティストの方?
「あの、ロミオロメンてどなた? 俺、春秋っていうんだけども」
「些細なことを気にするんじゃありません! 男の子でしょ!」
「いやお母さんッ⁉ というか実際、俺のお母さんが授けてくれた大切な名前なんだけども……安住さんはそれでも些細なことと仰るんですか?」
「私の愛のメッセージを〝あんなの〟呼ばわりしたのと一緒ですよ。因果応報です」
「一緒にすんじゃねーよッ!」
やり返してやったぜ! みたいな顔してる安住さんに、俺は投げつけるように言った。
しかし、やはりというべきか彼女はしれっとした様子……どころか、肩を竦め、俺が悪いみたいな空気を醸し出している。
「はいはいわかりましたわかりました。一緒じゃないですねすみません。それで、お返事の方を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
おいなんだコイツ、急に煽ってきたんだけど。天にまします我らの父ですらピキッときて鉄槌下してくるぐらいの煽りなんだけど。
「と言っても私、春秋さんの答えをすでに知っているんですけどね」
おっとぉ? これはあれですね、九割九分九厘の確率で自惚れちゃってますね。
「え、知ってるならわざわざ言わなくてもよくないですか?」
「ち、ち、ち、そうじゃないんですよ。私は、春秋さんの口から直接聞きたいんです」
と、調子こいた発言をする安住さん。ここが俺の家じゃなくてボクサーの記者会見場だったら、間違いなくボコボコにされていたことだろう。
やれやれここは一つ、お灸をすえとくとしますか。
俺はコホンコホンと咳払いをした後、自信をのぞかせている安住さんに焦点を合わせた。
「むっちゃ嫌いです」
「ええ、ええ、そうでしょうそうでしょう、大好きなんで――え? 今なんて?」
「いやだから――むっちゃ、嫌いです」
俺がすかさず告げると、安住さんの表情は面食らったものへと変わった。
「……あわ……あわあわ……あわあわあわあわ」
漫画でよく見受けられるぐるぐる目が今の安住さんにはお似合いだ。それぐらい彼女は狼狽えている。
そんな安住さんが、俺の顔を見つめながらゆっくりと立ち上がった。
「――あわわああああああッ!」
これまた漫画の喩えになるが、安住さんは足をぐるぐると渦巻かせ、ダイニングを出て行った。
「……今日の安住、いつもと比べて格段にウザかったな」
「だな」
ボソッと零したこよりに俺は首肯した。
こよりの言う通り、今日の安住さんはやけにめんどくさかったな。まさか料理に酒でも入れたんじゃ……あ。
安住さんが消えていったダイニングの入口扉に視線を固定していたからすぐに気が付いた。曇りガラスに人影が映っている。帰ってなかったんかい。
「――どうして追いかけてきてくれないんですかッ! ずっと玄関で一人寂しく待ってたのにッ!」
勢いよく飛び込んできたのは案の定、安住さんだった。
うん、やっぱ今日の安住さんはかなりめんどくさい。
酷いです酷いですとのたうち回っている安住さんを見て、俺はそう思うのだった。
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