第28話 問う部下と問われる父3
茶ノ前さんはわざとらしく言った。疑問の体を成してはいるが、彼女の中ではすでに確信めいたもがある、そんな口振りだ。
もちろん安住さんのことは好きじゃない。好きじゃないが、その事実を明かせば『じゃあどうして付き合ってるの?』と問われることだろう。
だから俺は誤魔化している。中身スカスカの事情だけれども……いや、中身スカスカの事情だからこそ、話したくない。
う~む、しかしなにを以てそこまで行き着いたか……さてはエスパー?
彼女の思考回路がわかるわけもなく、俺が半ば思考放棄気味になっていると、口元を手で覆い隠した茶ノ前さんが声をかけてきた。
「どうしちゃったんです? 松田さん。急に押し黙ってしまって」
「あ、いえ、別に。というか急にはこっちのセリフですよ。なんですかさっきの質問は」
「あらあら、もしかしなくても怒っちゃってます?」
「そら怒りますよ。いいですか、自分に置き換えて考えてみてください? 好きな人への気持ちを他人に疑われたら、茶ノ前さんだって腹が立つでしょ?」
「ええ、腹が立ちますね。もちろん、本気だったらの話ですが」
彼氏の立場を利用し情に訴えかけてみたが見事にスカ。逆に嫌味になって返ってきた。
くそ、マジで勘付いてやがんのか。
すべてお見通しですよとでも言いたげな様子の茶ノ前さんを前に俺が歯噛みしていると、彼女は煽るような表情をして口を開いた。
「本当は好きじゃないんじゃないですか? 彼女さんのこと」
「……なにを根拠に」
「根拠と呼べるほどのものは有していませんが……強いて言うなら女の勘、ですかね」
「勘? そんな不確かなものであんなことを聞いてきたんですか?」
「人の勘を軽んじてはいけませんよ? 松田さん。時に感覚は理性や論理を凌駕するんですから」
実に愉快そうな顔して言った茶ノ前さんが、高校の時の担任と被る。
『人の勘ってのは案外役に立つもんなんだよ……おいなんだお前らその顔は。ま、今は心の片隅に留めておくくらいで構わん。社会に出れば俺の言ってることが正しかったってわかる時がくるから』
先生が仰ってた通り、そういった機会はままあった。そして今まさに、その勘とやらに脅かされている。
「さてさて松田さん、どうなんです? 真相のほどは」
茶ノ前さんは顎に手をやってすっかり探偵気取り。
ちきしょう。実は好きでもない同士で付き合ってます理由は娘に嫌われたくなかったから……そう白状するしかねぇってのか。
そう諦めかけた瞬間、視界の端に影が映った。
「――お疲れ様っす! って、なに顔を近づけあってんすか? あ! まさか⁉」
正体は水野だった。
「チ……」
小さく舌打ちをした茶ノ前さんは、さっきまでの表情は全部俺の見間違いだったんじゃと錯覚してしまうぐらいに優しい笑みを顔に張りつけ、水野がいる方に体を向けた。
「松田さんの頭についていたゴミを取り払っただけです。変な誤解はなさらぬよう、お願いしますね? 水野君」
「あ、そだったんすね。俺はてっきり、二人が午後のオフィスでよからぬことをしてたのかとばかり」
「あらあら、想像力が豊かですね。でも残念、私と松田さんの間にはな~んにもありませんので――では」
微笑みを維持したまま自分の席へと戻っていった茶ノ前さん。水野のおかげでことなきを得たかけか。
「どんまいっす、松田さん」
俺の肩に手を乗せ、慰めの言葉をかけてきた水野に、俺は「うっせーよ」と素っ気なく返してヤツの手を振り払った。
しばらく茶ノ前さんとは距離を置こう。
チラと彼女に視線を向けると、偶然か否か、目が合ってしまった。
ニコッと笑った茶ノ前さん。その表情は見慣れているはずなのにどこか不気味に思え、俺は視線を逃がした。
昨日までの俺が知る彼女と、今日の俺が知った彼女は、まるで別人だ。




