第20話 チャーハンと主張する父と、ダークマターと主張する娘
翌晩。松田家の食卓には俺とこよりの二人だけで、安住さんはいなかった。
「お、おい松田」
「どした?」
「この皿に盛られたおぞましい物体は一体なんぞ?」
こよりは目の前にだされた今日の晩御飯に対し、汚物でも見るかのような目を向けている。
「おぞましいって失礼な――ちまたで話題の春秋特性チャーハンに決まってるだろ?」
「これが、チャーハン? 腐葉土じゃなくてか?」
「そんなわけないだろッ! ちょっと焦げてるだけだ」
「そんなわけッ⁉ どっからどう見てもまる焦げじゃん! ダークマターじゃん!」
「はぁ……まったく、食わず嫌いは感心しないぞ? こより」
「そもそもの話このダークマターを食い物として定義しちゃアカンでしょ!」
よっぽど嫌なのだろうか、こよりは恐る恐るチャーハンに視線を落としては首をブンブンと横に振る。
確かに、あまり見映えはよろしくないけれども、それでも隠し味に愛情を目一杯込めている。だから『目一杯込めたらもはや隠し味じゃなくなるのでは?』なんて正論を吹っ飛ばすくらい美味しいはずなんだ!
俺はレンゲを手に取ってシャリっとチャーハンを掬う。
あれ? チャーハンってこんなコーンフレークみたいな音したっけ? なんて疑問は本当に些末なこと。だって美味しいんだから、美味しいはずなんだから、そうでなくちゃ困るんだから!
「じゃ、じゃあ俺は先に頂いちゃおうかな~。うえっ……お、美味しそうだな~」
「……松田。悲しくなるから、もうやめとけ」
「こ、こよりがなに言ってんのかお父さん、さっぱりだぜ……さ、さて、それじゃ……い、いただきま~す」
意思に反して震える手。それでも俺は気合でレンゲを口元まで運んだ。
けれどそこまでだった。後は食べるだけなのに、俺の口は固く閉ざされたまま。
「無理するな松田……本音は食べたくないんだろ?」
「食べたく、ないです」
「けど『せっかく作ったんだから食べなきゃもったない!』ってドケチ根性が働いたんだろ?」
「律義に働いちゃいました」
「そうかそうか。でもな? 松田……命に代えられるものなんてないんだぞ?」
「それは……そうですが……けど! 食べ物を粗末にしてはいけないじゃないですか!」
俺の訴えにこよりは柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「いいや、松田がキッチンに立った時点でもう粗末にしていたようなもんなんだよ。だから気にする必要一切なし、胸を張れ」
「そうだ、そうでした――思い出させてくれてありがとうございます。俺、ついさっきまで自分が料理下手だってこと、忘れてました!」
「だろうと思ったよ……さ、もう無理をすることはない――勇気ある撤退を」
「勇気ある撤退をッ!」
俺はこよりの言を復唱し、そっとレンゲを置いた。
「「………………」」
しばしの沈黙を挟み、こよりがやる気のない声を上げる。
「茶番はここまでとして、安住どしたん?」
「知らん」
「昨日の口論が原因?」
「いや、あれは酒が抜けきってなかった安住さんが一人勝手に騒いでただけ。そもそも俺たちは言い争ってないからな」
「ふ~ん」
こよりからの訝しむような眼差しを受け、俺は思わず目を逸らしてしまう。
べ、別に嘘ついてないからね? 俺は。昨日のは完全に酔っ払いの戯言、逆にあれでシラフだってんならそっちのほうが異常まである。
そう、俺は安住さんが正常な人だと思っているからこそ、戯言だと捉えている。だから今日だって、どっか出掛けてるとか、長すぎる昼寝をしてるとかで来れないんだろう。決して、昨日の一件が尾を引いてるとかじゃないはずだ。
安住さんがこの場にいない理由を一人考察し一人納得していると、不意にこよりが席を立つ。
「ちょっとトイレ」
「おう」
スマホを弄りながら出ていくこよりに俺は軽く返した。
しょうがねぇ、今日は出前でもとるか。
――――――――――――。
5分後。
「お、こより! 今日はもう出前にしようかと――」
「――ま、つ、だ、さあああんッ! こんばんはッ! 〝マイダーリン〟!」
満面の笑みを浮かべている安住さんを連れ、こよりは戻ってきた。
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