第19話 引っ越し話2
誘った俺も悪ければ断れなかった安住さんも当然悪い。故にどちらか一方に非を押しつけようとすること自体がそもそもナンセンスなわけで。
だというのに彼女は意志の弱さを棚に上げて俺に非を押しつけてきた。まさにクズの典型。
今の安住さんにハンカチーフを手渡したらきっと悔しそうな顔して嚙み千切ることだろう。それぐらい彼女は不満の様子。
「いやいやいや、確かに俺も悪かった部分がありますが――」
「部分じゃなく全部なんですッ! 松田さんのせいで婚期を逃しちゃったんですッ! だ、か、ら――」
礼儀なんてクソくらえと言わんばかりに、ビシっと人様に指をさしてきた安住さんは、
「責任とって私と付き合ってくださいッ! 結婚を前提にッ!」
チョー上から目線で告白(笑)してきた。
ほぉん、安住さんが言ってた〝責任〟ってのはつまりそういうことなのね――ってただのこじつけじゃねーかッ⁉
「ごめんなさい無理です」
もちろんここは丁重にお断りさせていただくが、
「却下ッ! 私と結ばれる以外に選択肢はありませんッ!」
安住さんは受け入れてくれず。
「いや意味わかんない意味わかんない。なんの権限があって俺から選択権を剥奪しようとしてるの? 馬鹿なの?」
「なッ⁉ ――馬鹿はすっかり〝忘れちゃっている〟松田さんの方ですからッ!」
「は? 忘れてるってなにが?」
苛立ちを隠すのがアホらしくなり、俺はタメ口で聞き返した。
すると安住さんは警戒するように自分の体を抱きしめ、限りなく冷たい眼差しを俺に向けてきた。
「私を――汚れた女にしたくせに」
「うんちょっと待って、まったく身に覚えのない話なんだけど、なに言ってんの? ほんとなに言っちゃってんのッ⁉」
「私に――ぶっかけたくせに」
「おいおいなんだ? お前の頭の中の俺は一体なにやらかしちゃってんの? ていうか妄想と現実の区別はつけようね? お願いだから」
「私に――お茶をぶっかけて汚したくせに!」
「おぉちゃの話かいぃッ!」
俺が叫ぶのとこよりが姿を見せたのはほぼ同時だった。
「うるさい」
「あ、すまん」
こよりに注意され、俺と安住さんは口を噤んだ。
「騒ぐのもほどほどにな」
こよりは俺たち二人を交互に睨みつけた後、呆れた口調でそう言い残し、リビングへと引き返していった。
突然の出来事が却って冷静さを呼び戻すキッカケとなった。
俺は一度咳払いをし、それから安住さんに向き直る。
「やたらお茶を飲ませたがってたのはこのためだったんですね」
「…………」
「なら尚更ダメですね」
「どうしてですかッ!」
「どうしてもなにも意図したものだからですよ。いいですか? 安住さんのやったことはドッジボールで私に当ててと頼んでいざ当てられたら泣き崩れるみたいなもんなんですよ。ほとんど当たり屋のそれなんですよ」
「…………ん?」
首を傾げて頭上に疑問符を浮かべている安住さん。なんでピンとこねんだよ。
「要するに安住さんの主張は通らないってことです。これは禁酒を断たれた云々《うんぬん》にかんしても同じことが言えます。つまり俺には安住さんからのふざけた告白を断る権利がある! 断る事ができる! だから俺は断る!」
「――――ッ⁉」
安住さんは目を見開いて声にならない声を漏らした。
どうしてそんな表情ができんの? と俺はぶっちゃけ思ったが、面倒なことになりそうなので口にはしなかった。
「……ひどい……ひどいです松田さん」
「こっちのセリフですよ安住さん」
「私の婚期を遥か彼方へ追いやるだけじゃ飽き足らず、お嫁にいけなくなるくらい汚しておいて……なんて無責任な人なのッ⁉」
「いや無責任というか、責任を負う必要ないんで――」
「――もういいですッ! 私のことは放っておいてくださいッ!」
テーブルをバンッと叩いて立ち上がった安住さん。その瞳は濡れている。
「――さようならッ」
彼女は口元を手で押さえ、目の端から零れた涙をキラキラと輝かせながら、悲劇のヒロインの如く飛び出ていった。
「おい松田」
「あ、わりぃわりぃこより。うるさいのはもういなくなったから大丈夫だ」
と、再びこよりが。
俺は注意されたばかりなのにまた騒がしくしてしまったとすぐに謝るが、どうやら文句を言いにきたわけではないようで。
「なにがあったんだ?」
安住さんが消えていった方を見つめ、訊ねてきたこより。
わざわざこよりに伝える内容でもないため、
「わからん。まぁ、まだ酒が残ってたんだろ」
当たり障りのない嘘で誤魔化した。
「ふ~ん」
こよりがリビングに戻っていったのを見届け、俺はタバコを咥えた。
うーんこの!




