その弁護人は早すぎる
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シナリィへの質問が終わると次に証言台に立ったのはメイラとキャラットだ。
ふたりとも当時の私の護衛であり監督する立場だったことから、ハクラの奴は鬼の首を取ったかのように責めに責めた。
正規の騎士ではないキャラットにはまだましだったのだが、監督責任者だったメイラに対してハクラは容赦しなかった。
私に訓練用の剣を与え、近くで見ていたにも関わらずメイラは事態を防げなかった。それでいながらどの面下げて私を糾弾する側に座っているのだと、耳を塞ぎたくなるほどの言葉の暴力で滅多打ちにしたのである。
確かに筋は通っている。けれどその様子はとても見ていられるものではなかった。
ハクラは官僚ではあるが庶民であり後ろ盾が弱い。騎士団に喧嘩を売ってただで済むわけがないのだが彼はそれをする。恐らくハクラにとって権威などどうでもよく、今の官僚の地位さえ執着を持っていないのだろう。
日本の漫画やアニメならば彼みたいなのは大抵主人公ポジションにいる。
自由奔放な主人公が慇懃無礼な態度で、権力に立ち向かい仲間を救い、悪を成敗する。以前の私なら彼の生き様が痛快だったに違いない。
そうでないのは私が権力者側にいるからだろうか?
どちらにしろあんな変態に助けられるなど御免だが。
真っ青になったメイラが退出し、再び壊された机が運び出されて、審議は1時間の休憩に入ることになった。裁判長はクールダウンさせるつもりだったのだろうが……
私は早速ハクラをとっちめてやろう(物理)としたが、彼は既に姿を消した後だった。どうやら休憩に入った瞬間逃げたらしい。
「追え! しょっ引いて儂の前に連れて来い! じっくり指導してくれる!」
明らかにハクラはやりすぎだった。彼の上司らしい人物がヒステリックに叫び、同僚と思われる役人が廷吏と共にハクラを追う。ハクラはそれさえ予想していたというわけだ。
何人かの騎士とシナリィも追跡に加わったようだ。私は彼が愉快な顔になって戻ってくることを期待する。
「あっちへ逃げたぞ!」
「頭カチ割ったれ!」
廊下からはどたばたと騒がしい声が聞こえてくる。
あのくせ毛頭を蹴りとばしてやりたいのは私も同じだ。
とはいえ私は被告人として拘束されている身である。仕方なく私はお父様に詰め寄った。
「お父様! なんなんですか? あのハクラという男は! 私はあんな下衆の力を借りてまで罪を免れようとは思いません!」
うん。自分でも信じられないくらい王女らしい台詞が自然に出たよ。
私もすっかり王女エリュシアリア・ミュウ・センチュリオンが板についてきたんだと思う。
流石のお父様も眉毛がハの字になっている。弁護人としてハクラを呼んだのはお父様だ。多分騎士団へのフォローに頭を悩ませているのだろう。
「私もあそこまでするとは思わなかった。だが弁護人とは依頼人の意思に関係なく減刑を図るのが仕事なのだ。わかりなさい」
「しかし! あれは酷いです!」
「そうだな。だが今はいかなる権力にも捕らわれないアレの力が必要なのだ」
「お父様の言ってる意味が分かりません!」
ぷくっと頬を膨らませる。お父様はその場にしゃがむと私に視線を合わせて言った。
「聞きなさい。本当は誰もお前を罪に問いたくなどないのだ。だがしがらみに捕らわれた我々ではお前を無罪放免にすることは難しい。王家への不信につながるからな」
「当然です! 私は皆に迷惑をかけました! 騎士団の誇りを傷つけ、大切な城を破壊した私が無罪になるはずがありません!」
「それはどうかな? アレも言っていただろう? 真実は見方を変えれば変わると。物事は見る者の見方や解釈によって変化する。答えはひとつではないのだ。当事者ですら気が付いていないだけでな」
お父様が痛ましそうに私の手枷に触れる。
「本来、お前のしたことは今のこの国の法では裁けないのだから」
「それはどういうことですか? お父様?」
お父様は微笑むだけで今答える気は無いようだ。
「今は黙って成り行きを見守っていればよい。アレは我々には出来ない手段で答えを導き出し、お前を開放してくれるだろうからな」
お父様はなんだかんだ言いながらもハクラを買っているようだ。そうでなければ弁護人として任せたりはしないだろうけど……
それでいいの?
社会に対してタガの外れた彼の生き様は社会を破壊しかねない。ハクラ・エルベンという存在はこの世界には早すぎるのだ。
権力も暴力も恐れず、自らの信念に従い法を武器に戦う無頼漢……人々は彼をどういった目で見るだろう? ただの馬鹿かそれとも……?
✤✤✤
休憩時間が終わり、審議が再開される。ハクラはいつの間にか戻ってきていた。
どうやら五体満足で逃げ切ったようだ。残念。
かこーーん!
すっかり聞きなれた木槌の音。
「それでは審議を再開します。騎士団側、被告側共によろしいですか?」
審議が再開してすぐグレッグ騎士団長が手を上げた。
グレッグ騎士団長の前にはもう机が置かれていなかった。二度も叩き割ってしまったのだから仕方がない。
「我々はエリュシアリア殿下に騎士団を攻撃する意思はなかったと判断いたします。よって国家反逆罪の容疑を取り下げ、過失による事故として再公訴させて頂きます」
騎士団が国家反逆罪の根拠としていた動機をハクラによって崩されたからだろう。私が彼等を狙って撃った犯罪ではないと騎士団は認めたのだ。
……というよりめんどくさくなったんだろうな。
幸い市民に被害は出ていない。近衛騎士団は元々王家の私兵だから言ってみれば身内の問題だ。城は今は国のものだが修繕費を王家が出すといえば誰も文句は言わないだろう。
騎士団は最初から私を罪に問いたいわけではない。むしろ早く解放したがっている。
自分たちに都合のいいように王家に貸しを作ろうとしたようだがその目論見も既に外れてしまった。
ならばこんな裁判とっとと終わらせて、お父様の心証を良くした方がマシと判断したわけだ。
問題は国民にどう発表するかだが、どうやら遷都派によるテロであるというブラフを流しているようだ。遷都派が前日に刺客を忍び込ませていたのを上手く利用した形である。
捕まった刺客はこれまで行ってきた殺人と、王族への殺人未遂の罪で既に処刑されている。そこに今回のテロの犯人としての疑惑が加算されるわけだが、既に死人に口無し。汚いけどこれ政争なのよね。
この裁判も私が児童法で保護対象者ということで一般には非公開だ。元々ほとんどの貴族や国民は私のことを知らないから真相が表に出ることは無い。
私は事故の過失の咎だけ受けてこの件は終了だ。
おそらく罰金刑。一般人ならとても払いきれないだろうがそこはほら、私王女だし。
これにて一件落着……
「異議あり」
……にはなりませんでした。
そんな気がしていました。お父様は私を無罪にするつもりだって言ってたし。
恨みがましい視線が異議を唱えたハクラに集中する。
「裁判長。今回の事件ですが使われた凶器について不明な点が多すぎます。現時点で事故として処理するなど弁護側は認められません」
動機の次は凶器。なんかミステリーっぽくなってきた。でもここはファンタジー世界。魔法による犯罪で凶器をどう説明すればいいのだろう?
「待ってください! 凶器として使われたのがエリュシアリア姫の魔法であることは明白なる事実であり、はっきりしているはありませんか! 弁護側はそこにどんな疑問があるというのです?」
グレッグ騎士団長の言葉に裁判長も頷く。
「弁護人は説明を願います。納得できるものでなければ異議は認められません」
ここまで弁護側への配慮が多かった裁判長も今回はすぐには異議を認めなかった。
「説明も何も、あのような威力の魔法など前代未聞ではありませんか。消失したのは鉄や聖布だけではありません。騎士の持ち物の中にはミスリルやオリハルコンでできた装飾品も含まれていたのですよ? いったい騎士団はどんな魔法を受けたというのです? それは本当に加護の力だったと断言できるのですか?」
裁判長を始めその場にいた多くの者の顔が凍り付く。
それもそのはず。もし同等の破壊力を魔法で再現するならば、それは黒魔法以外考えられないからだ。エルフの精霊魔法ならば可能だろうが、それだと私の犯行という前提がひっくり返ってしまう。
黒魔法は悪魔に生贄を捧げてその力を借りる魔法だ。その威力は生贄の数や質によって変化する。
例えば街をひとつ破壊できる隕石を落とすには、1000人の乙女を生贄として捧げる必要があると言われている。なので大規模な黒魔法などそうそう使えるものではない。
勿論センチュリオン王国を始め多くの国で使用が禁止されている。
帝国は侵略した土地の人間を生贄にしたりして、ぽこぽこ使ってくるみたいだけどね。
ハクラは私が黒魔法を使ったと言いたいのだろうか?
だとしたらとんでもない爆弾を放り込んだものである。黒魔法を使えば王族だろうが即断頭台行き待った無しの禁忌とされているのだ。
案の定騎士団側の目つきが変わった。
「君はあれが黒魔法だったと言いたいのか?」
殺気の籠った目でグレッグ騎士団長がハクラを睨んでいる。そうだと言ったらマジで殺りそうだ。
黒魔法の使用を疑うということは、同時に殺人の容疑をかけるということだ。それは確かな証拠がない限り、口にすることさえ憚られる行為である。それが貴族や王族に対してならなおさらだ。
「そんなこと一言も言っていませんが?」
歴戦の猛者でも震え上がる騎士団長の視線にをハクラは正面から受け止め、逆に睨み返している。
こいつの心臓は何で出来てるんだろう?
「もしあの規模の黒魔法を行使するには数十人規模の生贄が必要でしょう。エリュシアリア殿下おひとりでそれを用意することは現実的ではありません。もし実行するならば……」
ドン! と足を踏み鳴らす音。グレッグ騎士団長の足元の大理石のタイルが大きくひび割れている。
「それ以上王家への侮辱は許さん!」
ハクラが何を言おうとしたかは誰にだってわかる。もし実行するならば王家主導で行わなければ不可能であると。
法廷内が一触即発の空気に包まれる。それを祓ったのは法廷を支配する者の雷だ。
かこーーーーん!!!!
「いい加減にしなさいっ!!!!」
ひと際大きなハンマーの音が響く。その後裁判長が声を荒げて注意したのはグレッグ騎士団長に対してだ。
「ここは法廷であり、真実を明らかにするためならばあらゆる可能性を考慮する場所です。あなた達が忠誠心故にその役割を果たせないならば今すぐにこの場を去りなさい!」
騎士の存在意義を否定する厳しい言葉だ。主に忠誠を誓ってこその騎士。騎士が原告となり主を訴える。最初からこの裁判は無理があるのだ。
「申し訳ございません」
グレッグ騎士団長が謝罪して頭を下げる。
騎士団を煽りに煽った上で彼らの矜持をへし折る。ハクラの狙いはこれか。とんだサディストだ。
次にハクラに目を向ける裁判長。決して笑ってはいない。彼の立場はあくまで中立だ。
「弁護人もいい加減挑発的な発言は避けるように!」
「失礼しました」
仰々しく腰を折って謝罪する姿勢を見せるハクラ。絶対わかってないな。
「では改めて問います。何故弁護人は使われた魔法に拘るのですか?」
「気に入らないからですよ」
ほらわかっていなかった。回りくどくはないがこの上なく挑発的な言葉をハクラは発した。裁判長が厳しく目を細める。
だが、木槌が振るわれる前に彼は一気にまくし立てた。
「人の肉体を傷をつけないというのは加護による魔法の特徴です。そのために今回の事件において使われたのが加護による魔法であると考えるのは無理もありません。しかしです。実際には威力、規模、全て前例がないものです! ここに書かれている『プロミネンス砲』とは何ですか? 私も調べましたが過去そのような魔法は存在しておりません。それが何なのか誰も説明できないのに殿下にどのような罪を与え、償いをさせるというのでしょう? そして今後同じ轍を踏まないためにどのような法整備をすべきなのでしょうか? そのためにはこの『プロミネンス砲』がなんであるかを明確にしなければならないのです。それを魔法の一言で片づけて、何もわからないまま幼気な6歳の少女にあなた方は罪を着せた! 忠誠? 笑わせますね! 騎士団側は自分達がどれだけ横暴な真似をしているか全くわかっていない!」
全く未知の魔法であり、その使用に対して法的に処罰する根拠がない。
それが法律家であるハクラの示した回答だ。
「裁判長、私が異議を唱えるのになにか問題がございますか?」
裁判長は振り上げた木槌をゆっくり下ろす。
「いいでしょう。異議を認めます」
「ありがとうございます」
ハクラは今度は丁寧に頭を下げた。
読んで頂きありがとうございます<(_ _)>




