弁護人は法廷で無双する
作者渾身のギャグ回です。深く考えずにお楽しみください。
ハクラ・エルベンは法務局に属する官僚で22歳。癖のある茶髪でまずまず整った顔立ち。背はそれなりに高いが身体つきは細く、普段猫背だったりするせいか非常に頼りない印象を受ける青年だ。
北西諸国連合の外で生まれた彼は女神の加護を受けることが出来ない。実際戦えばシナリィどころか子供の私にも負けるだろう。
だが法廷というこの場において、彼は最強の存在だった。
法律と弁舌を駆使し、騎士団の武力も王家の権力も赤ん坊のように手玉に取る手腕。それが弁護人ハクラ・エルベンの力なのだ。
彼の無双は続く。
✤✤✤
今証言台にはシナリィが立ち、ハクラから事件当日の私の行動と様子について質問を受けている。
騎士団は私が食堂での出来事を動機として考えている。だけど私が悪意を持っていなかったと陪審員が判断すれば国家反逆罪は成立せず、事故とみなされるかもしれない。
それだけに食堂からずっと一緒にいたシナリィの証言は重要だ。
「シナリィ・ハーモニア女史。貴方はエリュシアリア姫の専属侍女であり、エリュシアリア姫と最も親しい間柄である。そして事件当日も士官食堂に姫を迎えに行ってからはずっと行動を共にしていた。間違いありませんね?」
「はい。間違いありません」
自分の証言が判決を左右しかねないだけにシナリィは緊張した面持ちで頷く。
「士官食堂を出てからはどうしましたか?」
「まっすぐ医療院へと向かいました」
「ふたりだけで?」
「いえ、城の厩舎長と剣聖様が一緒でした。姫様は靴を履いていらっしゃらなかったので、厩舎長におぶっていただき、剣聖様が護衛をしてくださいました」
「なるほど。厩舎長というのは剣聖ゼファード・スタリオンの父親で、元教導隊のボージャン・スタリオン氏ですね?」
「はい」
「医療院に着くまでの間に他に誰かと接触しましたか? すれ違っただけでもかまいません」
「ありませんでした」
この質問の意図は他に共犯が存在している可能性の排除だ。今回の事件は私の単独によるものであるというのが大前提だからである。
私が加護を得てからの時間を考えれば共犯の存在などほぼありえないが、もし私の力を利用してテロを企てた者が外部にいたとすれば接触してくるタイミングは限られる。ハクラはそれをひとつずつ潰しているわけだ。
剣聖であるゼファードの腕は疑いようがないが、その父親であるボージャンが元は教導隊にいたとは驚きだった。
教導隊ってのは騎士を指導する立場にいる人達で選りすぐりの腕利きが集まっている。
このふたりが出し抜かれるとは考えにくい。少なくとも食堂から医療院までの間に部外者が接触した可能性は排除されたわけだ。
質問は医療院での様子に移る。
「では医療院でのエリュシアリア姫の様子はどうでしたか?」
「どうと言われましても……いつも通りとしか……」
「いつも通りとは?」
「ぼーっとしている感じでしょうか? 姫様はよく考え事をされているので」
「ほお、考え事。悩んだり、思いつめたりしていたりといった感じですか? あなたは相談されたことがありますか?」
「ありません。例えあっても、姫様の許可無くお答えすることはできません」
「エリュシアリア姫に不利なるようなことになっても?」
「はい。姫様の意思を尊重いたします」
王族のプライベートは機密情報だ。他国に漏れたら外交で不利な取引に使われたりもするからね。当然、シナリィ達侍女には守秘義務がある。守れなかった場合、信用を落とすどころか首を落とされかけないくらい罰則も厳しい。侍女の職を解かれた後でも、知りえた情報は墓場まで持っていくことを求められる。
「わかりました。いつも通りだった。そこは間違いないのですね?」
「はい」
「では、あなたから見て、エリュシアリア姫はどのような方ですか?」
「やる気が無いように見えてそうでもなく、聞いてないように見えてそうでもなく……掴みどころがなくふわふわぽやんとした感じです」
ふわふわぽやんってなんだよ! ボインポイン侍女め!
転生ヒロインの悩みは尽きないもんで、つい考え事が多くなってしまうんだよ!
「ふむふむ、その後医師の診察を受けた後、身だしなみを整えたのも貴女ですね。どのような服装でしたか?」
それって事件に関係あるのか? 趣味で聞いてるんじゃないだろうな?
「白のワンピースです」
「ふむ。フリルがいっぱいの?」
「いえ、姫様は派手なのを嫌いますのでシンプルなものを」
フリルいっぱいは5歳で卒業した。この国では王侯貴族でも子供は外で元気に遊びまわるのが好まれる。それに女性でも戦うお国柄だから、動きづらいフリフリドレスは流行らないのだ。
「なるほど。裾は膝丈より上ですか? 下ですか? 背中が開いていたりは?」
やっぱり趣味じゃないか! ちなみにその時来てたワンピースは『プロミネンス砲』の余波で吹っ飛んでしまったから残っていない。
流石にグレッグ騎士団長が手をあげた。
「裁判長。異議を申し上げます。弁護人は裁判を私物化し、自身の性癖を満たそうとしています」
異議なし! 満場一致で変態は有罪!
だがハクラは慌てる様子もなく、馬鹿にするような態度で溜息を尽く。グレッグ騎士団長のこめかみに血管が浮くのが見えた……気がした。
「はぁ……まったく。犯行時の容疑者の服装は事件に計画性があったか否かを判断する重要な要素なはずなのにまさか軽視する発言が出るとは思いもよりませんでした」
逃げるつもりなら動きやすい格好をするし、誇示するつもりなら目立つ格好をするということだろう。
グレッグ騎士団長の異議は却下され、シナリィはあの日私が来ていた服装を詳細に答える。
だがハクラの質問はそれで終わらなかった。
「それでパンツの色は?」
は?
聞き違いだろうか? 質問の意味がわからず思考が停止する。それは私だけではなかったようだ。法廷内は時間が停止したように静まり返る。
「あの、もう一度言っていただけますか?」
表情を無くしたシナリィが言う。
「パンツの色は何色でしたか?」
うん。聞き間違いじゃなかったね。
グレッグ騎士団長が机をぶん殴る。
「裁判長! やはり弁護人は自分の性癖のために裁判を私物化、いえ、貶めています! 直ちに法廷侮辱罪を適用すべきです!」
異議なし! 異議なし! 異議なし! 満場一致で変態ロリコンは死刑!
完全アウェーのような状況でもハクラは未だに余裕のある表情を崩さない。どんな心臓してるんだこいつは!
「計画的に犯罪を犯す者は事に及ぶ際、最も気合の入る下着を身に着けるという統計があり、女性は特にそれが顕著です。私としても無意味な質問をしてるつもりはありません。これは計画性があったかどうかを明らかにする為にも重要な事なのです!」
次から次へと屁理屈を!
近衛騎士団を率いるグレッグ騎士団長は当然我が国屈指の実力者だ。肉体的な強さだけでなく頭も切れ、強かに組織を切り盛りする手腕を持つ。決して弁が立たないわけではないのだが、口の上手さはハクラが何枚も上だった。
頭を抱える裁判長。お鬚が渋くて素敵です。頑張ってください。
「異議は却下します。証人は質問に答えてください」
裁判長。貴方には失望した。
「最上級の白生地の聖布です」
「ほうほう……なるほど。清楚なワンピースと、身を清め引きしめる褌の組み合わせ。まさに清純を体現したかのようですね」
腐った肉に沸いたウジ虫を見るような視線がハクラに集中する。だが当人は気づいていないのかひとり恍惚とした表情を浮かべていた。
「素晴らしい姫ではありませんか! まさに国の宝です!」
ああ、これが殺意か。
ありがとうハクラ・エルベン。私は今日本当の殺意を知った。
ハクラの言う通りだよ。大罪を背負うには相応しい動機が必要だ。今この時のような。
「耐えるんだエリュ」
「難しいですお父様」
お父様が私の頭を撫でる。この場にひとりだったら『プロミネンス砲』をもう二、三発撃っていたかもしれない。
その後もハクラの質問は続く。答えるシナリィだがあんな暗い目をしたシナリィを見るのは初めてだ。
尤もそれはシナリィに限った話ではない。傍聴席からお母様方がすごい殺気を立てている。ハクラは勿論だけど、半分はお父様にも向けられている。ハクラを使うと決めたのはどうやらお父様とお兄様らしいから仕方ない。
ソフィアお義母様からは大目玉かな?
ネリスお義母様からは当分口をきいてもらえなくなるだろう。
お母様は……たぶん殴る。グーで。
冷や汗垂らして耐えているお父様とは違って、ハクラは自身に向けられた殺意をまったく気にしないようだ。まったくどんな顔面装甲してるんだろう。殴ってみればわかるだろうか?
「では、着替えてからどのように過ごされましたか?」
「することもないので寝ましたが、何か?」
「どのような感じで?」
「私が後ろから抱きしめるようにして横になっていました」
「なんと羨ま……いえ、それで姫の感触は!? 匂いは!?」
シナリィとあと数名が溢れ出る殺気を隠そうとせず踏み出そうとしたその時だ。
大きな破壊音が法廷に轟く。
グレッグ騎士団長が拳で机を叩き割ったのだ。鬼のような顔をして彼は叫ぶ。
「裁判長ぉぉぉっ!!!」
グレッグ騎士団長の咆哮にシナリィが躊躇する。乱闘は回避されハクラは救われた。救われてしまった。
「異議を認めます。弁護人は質問を変更するか質問を終了してください」
ちょっと待って裁判長。ここは認めるべきじゃない! ハクラがどんな答弁でその場を逃げようとしたのか私は大いに興味がある!
裁判長から見えない位置でハクラが舌を出すのが見えた。
こいつはこうなることを予想して煽っていたのだ。ようやくそれに気が付いたグレッグ騎士団長の殺気がさらに大きくなっていく。
なんてことだろう。全て完全にハクラの掌の上で転がされているではないか。
「はあ……では質問を変えましょう。病室でエリュシアリア姫は不機嫌だったり苛立った様子はありませんでしたか?」
「そんなことありません」
「貴女はエリュシアリア姫の専属侍女であり、最も長く姫の傍にいた人物ですね?」
「ええ。そうだと思います」
「ではこれが最後の質問です。僕は今エリュシアリア姫に、生焼けのムニエルの中からひっぱり出されたアニサキスを見るような目で見られていますが、これまでエリュシアリア姫がこのような態度を見せたことはありますか?」
「ありません。今日、貴方に対してが初めてです」
「結構。それが聞きたかったのです」
奇麗にオチをつけてシナリィへの質問は終わった。
読んで頂きありがとうございます(o_ _)o
本日中に続きを更新予定です。




