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田舎のお姫様  作者: Naoko
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ウィリディスの王冠

「陛下は、結婚したくなかったのではありませんか」


 そう言われると、アクィラは返す言葉がない。


 それを言ったのは数日前で、確かにその時は結婚願望はなかった。

ところが、今は定かでなくなっている。

ステファナが自分の愛人になろうとしていたと聞いて驚いたのだけれど、悪い気はしない。

月の間の騒ぎと言い、自害予告も奇想天外だ。

笑わせてくれ、気を使わないし、癒されたりもする。

それで、「どうしたものだろう」と考えているところだった。



 ステファナは、控えめにしつつも好戦的な態度を崩さない。


「わたしは陛下の愛人になり損ねた愚か者です。

 そんなわたしが、この国の王妃になるなど戯れが過ぎます。

 からかっておられるとしか思えません」


 格言に「一度騙されるのは相手のせい、二度騙されるのは自分のせい」とあるように、ステファナは、「もう騙されない」と用心する。

アクィラにしてみれば、騙したつもりはなかった。


「からかってなどいない。

 それより、どこから愛人の話になったのか、その方が疑問だ」


 するとステファナは、きりっとして答える。



「それは申し訳なく思っております。

 陛下はそんな方でないと気付くべきでした。

 一人の男が数人の女を囲ってしまえば、

 男と女は、ほぼ一対一の割合で生まれるので、男の方が余ってしまいます。

 女にとって、男が余るほどいるのは好都合ですが、自然のバランスに反しています」


 と、唐突に生物学に触れる。


「とにかく、わたしはこれで良かったと思っています。

 もはやわたしの花婿候補はいないそうですから、

 スファエへ戻り、心行くまで布の研究が出来るでしょう。

 ですから陛下のお気遣いは無用です」


 自殺しようとしていたのに、将来の希望も語る。


「大体、陛下は、わたしに結婚願望がなかったので安心して近付かれたのでしょう。

 わたしにも選ぶ権利がございます」


 そして虚勢を張る。



 それに対しアクィラは、「何とかしなければ」と思った。

理由はどうであれ、簡単にステファナを逃がすわけにはいかない。

側近たちは、結婚式に向けて動き出しているので、

彼女に逃げられれば、そのまま他の誰かとくっつけられてしまう恐れがある。



「結婚しないのではなく、まだ早いと思っていただけだ」

「では陛下は、ご自分にふさわしい方をお選び下さい」

「ふさわしいとはどう言う意味だ」

「例えば、コンテストに来られた美しい姫や淑女の方々です。

 あの方々が、陛下の言われる『しかるべき者』なのではありませんか。

 わたしの様な質素な姫とは違います」


 アクィラは、ステファナが自分を「質素な姫」と言ったので、ぷっと噴出す。

月の間での騒ぎの後で、質素もへったくれもない。


 そう思えば思うほど、側近たちが集めた女性たちの中でステファナに匹敵する者はいないし、イベリスは自分の好みを知っていたのだと痛感する。

すると腹立たしくなってきて、「一体誰が彼女を却下したのだ!」とも思う。



 ステファナは、アクィラの笑いにへこんだのだけれど、気にしない振りをする。

「とにかく、わたしは田舎者ですし、

 側近の方々は、わたしが陛下にふさわしいと思っておられないはずです」

「いや、側近たちに、そなたを見下げるようなことはさせない」


 そもそも側近たちがステファナを押しているので、このアクィラの答えは変なのだが、

それに気付かないステファナは、疑い深く聞く。


「本当ですか?」


アクィラは真剣な顔をして、

「もちろんだ」と答える。



 アクィラにとって、ステファナが「結婚したくない」のは都合がいいはずなのに、

彼女を「側近たちから守りたい」と思ってしまった。

追いかけられると逃げるけど、逃げようとすれば追いかけたくなる心理だ。



 アクィラの気持ちは固まった。



「ステファナ姫、質素であるのは悪いことではない。

 ある勇猛果敢な将軍は、

 街を攻める前にスパイを送り、そこに住む婦人たちを観察させ、

 婦人たちが、美しく着飾り不道徳であれば街を攻撃し、

 質素で堅実であれば、同盟を申し込んだという。

 質素な婦人たちの街は家族の絆が強く、

 攻略するのに手間がかかり、自分の兵士の多くを失うからだ。

 そしてわたしは、スファエで、

 自分がその将軍ならこの国と同盟を結ぶだろうと思った」


「それは陛下が九歳の時のことですか?」

「なんだ、覚えているのか」

「いえ、陛下がいらした時、街が洪水になったと聞きました」

「その洪水で、わたしは皆の一致した行動に感激した。

 それはあの月の間での、侍女たちの動きからも分かるではないか、

 そなたは、侍女たちに良く慕われておる」


 ステファナは、あっと思った。

侍女たちの思い。

アクィラは、自分の気付かなかったことを教えてくれている。


「しかもそなたは、わたしに謝らせるなんてことをさせた」

「え?」

「側近に、今回のことはわたしが発端だったと散々叱られたのだぞ。

 おまけに、『これからは自重する』とまで約束させられてしまった」

「陛下が謝られたのですか?」

「そうだ、そなたのせいで、いや、そなたのためかな」


 ステファナは、食い入るようにアクィラを見つめる。

「自分のために謝ってくれる男性、しかも王様がいるなんて」と思うと、

意地を張っていた気持ちが消えていく。



「スファエのステファナ姫」

とアクィラは言って笑う。

「まるで早口言葉のようだな」


そして、ステファナの手を取ると言った。


「ステファナには『王冠』という意味がある。

 どうだろう、『ウィリディスの王冠』になってみるのは」


 こうしてアクィラの笑顔は、ステファナの心に深く突き刺さったのだった。





 さて、このコンテスト騒動で、最も得したのはイベリスかもしれない。

イベリスは、コンテストが終わってから全てを知ったので、騒動に巻き込まれることはなかったし、彼女を推薦していたので、「さすがイベリス殿」と褒められたのだ。


 コンテスト優勝賞金は、スファエの婚期が遅れている娘たちを助けるのに用いられることになった。

これで貯金が溜まらず困っていた男たちもスファエに戻れるので、

侍女たちの三人は故郷で結婚することにした。


リディには、ライナスがいて、

ルベットには、あのロマングレーの上司がいるので、

この二人は、ステファナに付き添ってロセウスに残る。


 ステファナの姉の第五姫も二人の結婚を喜んでいる。

彼女にしてみれば、結婚願望のないアクィラに執着するつもりはなかったので、

ステファナと似合いだと思ったのだ。


 こうして皆、喜んでいた。



 ところが側近たちは、再び慌てふためく。


「結婚式を延期!?」


 ステファナは、スファエの布の研究をするので、しばらくは結婚どころでないらしい。

アクィラとフリモンもそれを助けると言う。



 その知らせはスファエ王国にも届けられた。



 こうして、「ステファナ姫の婚期が遅れる」という問題はそのまま残り、

スファエの王様を悩まし続け、

アクィラの側近たちの苦労もまだまだ続いていくのであった。


                                 おしまい


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