38 気付いていしまった愛おしさ
3杯目のコーヒーを飲み終わった頃、いかにもへとへとな様子の白兎と氷狐が部屋から出てきた。
「やぁ、おつかれ。姫君調子はどうだ?いい感じに仕上げてくれたんだろな?」
「やれることはやったよ…。ただ本人が全く乗り気じゃなくてさ」
珍しく弱音を吐く氷狐に俺はニヤリと笑い腰を上げた。コイツ等に出来ないことは俺の役目だ。この半年で俺達はそうやって協力できるまでの仲になっていた。
「安心しろ、部屋から出すのは俺の役目だ」
ローズの部屋にはいると下にはローズはいなかった。俺はロフトを見上げた。ロフトの上からローズの気配がする。
ローズがめかしこむのを見るのは初めてだ。普段から化粧もしないでボサボサの髪で起きてくるのに見慣れてしまっている。きっとローズも恥ずかしくて部屋から出れなくなっているんだろう…じゃなきゃ蔓と聖獣には荷が重すぎてひどい出来映えなのかのどちらかだ。前者であることを切に願う…。
俺はロフトの階段をゆっくりと上がりながらどんな褒め言葉や励ましでローズを部屋から出すかをシュミレーションした。『かわいい』?『綺麗だ』『見違えたな』それとも『馬子にも衣装だ』と笑ってやった方が彼女の気持ちは楽になるだろうか?後者だった時の為に『気にするな!ウサギとキツネも頑張ったんだよ!あいつ等は手も小さいからな』そんなことを考えるだけでニヤケてしまう自分に気付いて咳払いをしてしまう。
ロフトに上がり。クッションに座っているローズを見て俺は言葉を失った。
ローズ…だよな?いや、ローズだ…間違いねぇ。でもいつものローズと違いすぎて言葉が出てこねぇ。普段の可愛らしさは残してはいるが、俺の予想していた妖精のような可愛らしさはそこにはなかった。
綺麗にもほどがある。綺麗に結い上げられた髪にはいつものように花が飾られていたが、普段と変わらないのはそれだだけだ。いつも着ている服では分からない女性らしい曲線美が強調されたドレス…白くて陶器のように滑らかに見えるが触れるとふわふわとマシュマロの様に柔らかそうな肌…。化粧をしたせいかいつもより綺麗さが引き立てられているのか?これが若干15歳?!もうすぐ16だが…そんなレベルの話じゃねぇ!
窓の無い殺風景な白い部屋のはずがローズだけが柔なか光のなかにいるようにさえ感じる。妖精どころか女神か?魔法は引き継がなかったが、それだけのことでヴァルデロスの血は間違いなく受け継いでいるということだろうか?デューイの様な妖艶さはないがどこの貴族の娘にも負けない美しさと気品ささえ感じる。
控えめなネックレスやピアスがさらに彼女の美しさを際立たせている。彼女には派手なドレスもジュエリーも必要ない、そんなものは必要ないと目の前で証明された気分だ。
俺は頭をガシガシかいて、
「参ったな…」
俺の言葉を聞いてローズは落ちこんだように、
「自分でも思います…。本当に似合わなくて――」
勘違いをしてしまったローズを見て俺は慌てて首を横に降り彼女の前に跪いた。目線を合わせると琥珀色の彼女の瞳が不安げに…そして悲しそうに揺れていた。俺と目が合うとすぐに目を伏せてしまう。勘違いでショックなんて受けるなよ!罪悪感しか感じねぇだろ?!
彼女の手を優しく両手で包み彼女の瞳を覗き込む。大きな体をこれでもかと縮めるのは少し情けなく見えるかもしれないが彼女がどんなに嫌がろうがちゃんと目を合わせて伝えたかった。なんとか目線をもう一度合わせると、
「綺麗すぎて参ったって言いたかったんだ。まさかこんなに綺麗なプリンセスになるだなんて思わなかったよ。想像以上すぎて驚いちまったんだ。
これなら今すぐ外に出てデューイの妃候補として城のなかを歩けるぞ。お前のこんな姿を見たらあのデューイも驚くだろうな!」
不安げに揺れていた瞳が俺の言葉で気恥ずかしさに潤み始めていた。少しはにかむ仕草に愛おしささえ感じてしまう。さっき執着心を消さなくてはと思っていたのに俺の心は完全にローズに奪われてしまっていた。
ローズに触れたい感情が溢れ、彼女の頬にそっと触れた…。いつも触れているのとは違う愛おしさからくるものだ。いつもなら触れても何も感じないのに、彼女の頬に触れた瞬間に俺の心が満たされてゆく。そして同時にさらに触れたくなる欲求にかられてしまう。
俺がローズの頬に触れると彼女は少しだけ顔を上げてくれた。まるで桜の花のようなほのかなピンク色に塗られた小さな唇に吸い込まれそうになり気がつくと顔を少しずつ彼女に近づけていた。が、なんとか踏みとどまる。
俺は、何をやってるんだ?護衛騎士の俺が一番の危険人物じゃねぇか?!
なんとか小さく深呼吸をして自分を落ち着かせる。呼吸さえ少し震えたように感じるのが情けない。そしていつも通りの俺に見えるようにローズに笑顔をむけたが自分でもぎこちない笑顔に感じた。
声だけは震えない様に気を付けながら、
「さぁ、お姫様。俺に城のなかをエスコートさせてくれないか?」




