夢の終わり、幾千年のあと
紺碧の空と海の境目が曖昧なくらい、外の景色は澄んでいた。
音速からスピードを落として、光る翼が降りてきた。
ガラス窓の向こうに、黒い滑走路が細く横たわっている。翼が滑らかに着地する。エンジンの轟音は、防音壁に隔てられて殆ど聞こえない。膝の上に広げたラップトップの、液晶のキーボードを叩く指だけが、楽器を奏でるように不規則なリズムを刻んでいる。
技術の粋を尽くされ、ターミナルは、海の上に浮かんでいた。人は新たな舞台を求めるものだ。そして、変わり行くのは大地の上とて、同じであった。遠く離れた旧市街も、再開発が進んでいる。安全性を理由に、歴史が刻まれている建物を、幾つか潰さなくてはならない。しかし彼は、それらを極力無下には扱いたくなかった。埃まみれの扉の奥に広がる美しい伽藍、朱塗りの柱、彫刻に埋め尽くされた祭壇。別の場所へ移せるものは移すつもりだった。彼は幾つかのメッセージに返信を済ませると、ラップトップを閉じて、深い椅子から立ち上がった。背凭れに掛けてあった上着を無造作に掴み、ラウンジを後にした。
自動ドアを出たところで、秘書の女性が、彼の元へ近寄ってきた。黒髪に青い瞳、白い上着を着ている。揃いの白いスカートから伸びた足は、まるで少女のように見えた。秘書は彼と二言三言、言葉を交わして笑う。
搭乗口は、まだ殆ど空っぽだった。
出発便を告げるアナウンスが、遠くの喧騒に混ざっていた。
ふと彼が顔を上げると、向こうから歩いて来る二人の女性がいた。
同じ顔と同じ背丈で、一卵性の双子らしい。片方は髪を耳の下で短く切り揃え、もう片方は胸に長く垂らしていた。
他の大勢の、何気なくすれ違う人々とどこも変わりは無い筈なのに、二人の姿は、何故か彼の目を引いた。理由は、彼女達が美しい双子だったからというだけではない。
彼には、直感的に二人の違いが判った。一人はやわらかな優しい瞳に短い髪、もう一人は強い凛とした瞳に長い髪。細部に至るまで同じ顔立ちなのに、どうしてか、漂う雰囲気は全く異なっている。彼の目は、凛とした瞳のほうに釘付けになっていた。
同じ瞬間、二人の女性も彼に気付いた。二人は同時に足を止めた。大きく目を見開いて、彼を見つめた。
立ち尽くす三人の周りだけ、時が止まった。
髪の短い女性が先に我に返り、見つめあう二人の顔を見比べて、気付いた。彼女の妹の凛とした目に、微かに涙が浮かんでいた。
長い髪が微かに揺れた。
桜色の唇が、動いた。
「――私、貴方を知ってるわ」
妹が、胸の奥底に仕舞った言葉を大切に取り出すように、言った。
髪の短い姉は、押し寄せる静かな喜びを少しずつ感じながら、二人を温かく見守っていた。妹が、透き通った声で訊いた。
「貴方は、誰?」
彼は目を細め、穏やかに微笑んで、答えた。
「――それは、これからゆっくり貴女に知って頂きましょう」
ガラスの天井を透かして、雲ひとつ無い青空から、眩しい光が降り注いでいた。