35話 サヨナラのプレゼント ニーニャ
私が、最近仲良くなったアイザックという親切な門弟からシュプリンゲンという跳躍技を習っていた最中に、それは起こった。背後の方、小修練場の方がなんとなくうすら寒くなって来て、やだなと思っていたら、いきなりドーンと来た。前に跳躍しようとしていた私は、後ろからの衝撃波に空中で押されてひっくり返った。
「なによも~、コツがわかりかけてきたのに~」
「もが~、んあなな、何だ、何が起きた」
ひい。アイザックがすっぽりとスカートの中に。私は立っているアイザックの上にまるで蓋のように覆いかぶさっていた。左肩に右ひざ、右ひじに左足が乗っている、非常に不安定な状態。今にも倒れそうなアイザックの頭に手を置いて、バランスを取る。
「眼を開けちゃダメ!」
はいててよかった。思わず内股の布の感触を確かめる。全く失礼ながら、フェアシュリーセンを発動させた。降りるときに引っかかって脱げそうだったから。
「ど、どうすればいい?」
「ゆっくり座って!、いや、早めに降ろして!」
アイザックの呼吸が荒くなっている。すぐにも飛び降りたいが、乗っているところが不安定で、うかつに動けない。
まわりの人たちは、一瞬ビックリした後は、我先に小修練場に向かって行った。私はやっと左足を地につけたが、ロングスカートが仇になり、アイザックが地べたに伏せるようにして頭を抜くまで、動きがとれなかった。
「ご、ごめんね」
なんであたしがあやまらないといかんのか。
「いや、うん。ニーニャは、噂と違って、ちゃんとはいてたから、大丈夫だよ」
真っ赤なアイザックが視線をそらした。うれしそうで、少し残念そう。
ガーン。私、はいてない子として噂になってる!
誰だ。あんにゃろうに違いない!その瞬間悟った。アイザックってば、あいつの仲間だったんだ!知らない人の親切って怖い!
逃げシュプリンゲン!反転。シュプリンゲン!ん、普通にできる。
事件現場に急行した。あいつは、いつも小修練場の周辺をうろうろしている。さっきの寒気も衝撃も、あいつの仕業に決まってる。マイスターにいいつけてやるんだから。
私が場に顔を突っ込んだときには、すでにオールキャストがそろって一触即発の状況だった。なにこれ怖い。特に、中央に立つもりもりのおっさんが、ピリピリ蒼い電光を体にまとっているのが異様。絶対人間じゃないよ、あいつ。
相対するクンストマイスターが言い放った。
「弟子たちよ、括目せよ!今こそハイリゲス・シュベルトを披露する!」
おおお。と門弟たちが揺れた。え?ちょっと待って。肝心のジオがいないけど。呼んでんで来るからちょっと待ってください。だが、私の声は雑踏にかき消された。
「若いのに老化した、死にぞこないの長よ。そう気負うでないわ。半端な技で儂にかすり傷でも負わして満足する気か。貴様の役目はあくまでも、太陽の力を根源としたハイリゲスとかいうその技を、弟子たちに広めることだ。いつまでも迷信を打破せず、偽りの神をいただいているから深淵に至らぬのである。今ここで暴露してやろう。貴様らの技と、貴様らの偽神との間に何の関連も無い。地上に降り注ぐは太陽の力のみである。その恒星の力のかけらを利用し得た者が、人であり、魔人であり、魔王であり、魔神である。少なくともハイリゲスを操る軍団でもなければ、魔王に対する力にならぬ。儂はあくまでも魔界の館で待つ。そこに来れぬような弱き者とは争う気も起らぬ」
筋肉もりもりが、わけのわからないことを言い放った。何、あんた魔界の住人なワケ?いきなり修道院の中に現れて、好き勝手言ってくれちゃって!
私は頭に来ていたが、周りは逆に意気消沈していた。そんな。馬鹿にされてしょげるなんて、普段何のために修行してるのよ。怖い相手なら、なおさら倒してよ。
「愚息よ、立て。弱き者と戯言すな。奴らがどのような技を持て敵対しようとも、正面から迎撃せよ。魔人たる矜持を持て」
「嫌だ、どんなに頑張ったって、魔王になんか適うわけない!人間が魔人に絶対に敵わないように!僕は僕の奴隷相手に威張れればそれでいいんだ!」
「愚か者め、前を見よ、上を見よ!破れて死すとも戦士の誉れである!」
「いやだ~」
・・・なんかだらしないのが一緒にいると思ったら、そいつはもりもりに地面に叩き付けられた。蒼い雷光を帯びた拳が、顔面にめりこんだ。すると奴らは、雷鳴と共に掻き消えた。ほぇ。そうやって出入りしてるの。顔メコメコになりそう。
そうだ。こうしてはいられない。ジオを部屋から引っ張り出さないと。期日より早くマイスターがハイリゲスを打つ準備ができちゃったみたい。
「おじいちゃんが元気になったのに、あんたがしょげててどうすんの!!」
どんどんどん。走ってシュプリゲって、部屋の扉を連打した。返事無し。
もう遠慮はいいや。掃除用の鍵で開ける。案の定、中でグスグスメソメソしていた。
「敵だよ!おじいちゃんが必殺技を打つよ!あんたが覚えなくて、誰が覚えんの!」
「ニーニャ・・・僕はもう、卑怯な眼を使いたくないんだ・・・」
ジオは、左目に布を巻いていた。少し血がにじんでいたけど、大量じゃない。眼を突こうとして、ためらい傷で顔でも傷つけたのだろう。女々しいッたらない。
バッシィィィイイン!!
ビンタで布ごと吹っ飛ばした。ジオはアッとか言って女みたいに倒れ込んだ。
「戦いに卑怯もクソもあるか!城のド真ん中にいきなり現れる様な魔人が来たんだよジオ!そんな敵、こっちから攻めてってブッ殺すしか、安心する方法がないじゃないか!」
「無理だよ・・・僕は天才じゃなかった・・・全部眼の力だったんだ・・・」
ムカつく。こんな男と添い遂げようと一度でも思った自分にムカつく。
「ああそう。こんな熊みたいな筋肉しておきながら、女にも勝てないんだもんね」
馬乗りになって殴りまくった。以前は大木のようにビクともしなかった巨躯が、凌辱される少女のように、一発ごとに痛みにもだえた。ジオはうつぶせに座り込んで何かを守っているかのようだった。
「へえ、こんな時に、変なとこが元気になっちゃったんだ」
私は、舌なめずりをジオに見せた。この気持ちよさを旦那様はご承知だ。思い出して両手で押さえにかかった。
「役立たずのタマなら、あたしがつぶしてやろうか?」
ひいいと悲鳴をあげたが、そっちじゃないよ。あたしは、右目にかじりついた。途端に、熊のような怪力で振り払われた。
「なんだい!右目がなくなっちまえば、左目で見るしかなくなるじゃんか!」
「ひどいよニーニャ!なんでこんなことを、僕は、僕は・・・」
「あんたが、奪って、犯して、殺さなければ!敵が、奪って、犯して、殺しに来るだけのことさ!」
あたしは(・・・私って言うって決めたはずなのに)下着を脱ぎ捨てた。ジオは、あっけにとられてスカートの隙間を凝視していた。
「あんたは、修行を終えたら、あたしと暮らすんじゃなかったの。うだうだして、今なすべきことを成さないで、一人で部屋でマスかいてんなら、こいつは、敵のものになる!」
「う、うあああ」
ジオは、覆いかぶさって来ようとした。どうにもならなくなって、欲望に流されたのだ。
私は、華麗にシュプリンゲンで戸口に移動した。流されたまま発情熊が追いかけてきた。一歩引いた。
「フェアシュリーセン」
ジオの鼻先で、扉が施錠された。ジオ側からは、内カギだが、今この扉は私の技で閉まったのだ。私が離れるまで、開けることはできない。
「私、あなたが魔人を倒すまで、はかないから。見られたら、そのままやられちゃうことにするから。そしたらホントウに、サヨナラだね」
「そんな、ニーニャ、ニーニャあああ」
扉の向こうで、ガタガタ動く音がした。今あの情けない臭いをかぎたくない。シュプリンゲンの連発で逃げた。
そのまま部屋から出てこないなら、マジで本当にサヨナラだね、ジオ。下着はあげる。大切にしてね。
またもや




