34話 矜持 ディア
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目の前に箱がある。ベルゲンに命じて作らせた箱だ。
己の覚悟を示すために作った箱だ。もしも準備が整わぬままにヘルキュンストラーが魔人の手を奪い返しに来た時は、このシュレッダーボックスに両手を突っ込んで、再生不能なまでに奴の手を肉片に変えてやるのだ。できるかできないか、だと?
たとえその後なぶり殺しにあおうとも、断じて奴の思い通りになどさせん!
そして、「準備」についてだが、さすがに技の宝庫である。目ぼしい技の保持者をリストアップし、いつどうやって奪うかの計画を立てることなど、へそが茶を沸かすよりも簡単だった。難しいのは第一手と最終手の実施のみである。
第一手。フェアシュリーセン(施錠)の奪取。すでにクンストマイスターがニーニャにこの技を教え込んだことを突き止めている。常時効果でなく、意識して発動する技であるから、ニーニャが技を俺と同じく4つ持ち、かつ意識が無い場合、デュープ可能と推測できる。あと3つ、何でもいいから教え込んでしまえばいいのだ。後は小娘ごとき、気絶させるのは造作も無い。
最終手。ハイリゲスの奪取。クロードからの情報により、クンストマイスターが精進潔斎に入り、ジオにそれを伝承させる気であることが判明している。何故、奴ばかりがと嫉妬に狂った夜もあったが、呪われていたとは。実におめでたいことだ。奴はハイリゲスのかりそめの伝承者に過ぎない。奴の実力ではなく、まったき邪眼の威力。
眼と手。奴と俺はある意味似た者同士であった。だが、俺はこの手をくれた阿呆に感謝している。そして返す気は無い。誰よりも使いこなして見せる。
ジオは眼をくれた者を恨み、今は寝込んでいるという。馬鹿な奴。力を持て余す弱い精神。何故それを使って今すぐ覇者に駆け上がらないのか、俺には理解できない。しない。
いらぬのならば、もらってやる。だがそれは今ではない。また、ハイリゲスとやらをクンストマイスターから奪うことは至難である。脇の甘いジオからならば、何でも奪い取れる。途中までは、奴らの計画を成就させてやることにしよう。
さて、まずはニーニャだ。俺の事は警戒していても、俺には手下がいるということを小娘は知らない。手下がニーニャの作る飯に文句をつける。厨房のババアなんとかしろという風に持っていき、料理のスキルを教え込ませさせた。これで2個。後二つ。
次はどうするか。洗濯のスキルとか無いかと手下に聞く。海辺に巣食う高弟ツェメントという奴が水流を操るらしい。小娘には高度過ぎないか。すぐ覚えられ無いようなのはダメだ。却下。
化粧のスキルとか無いか。・・・男どもが知っているわけがなかった。なんだか、小娘にこっそり花嫁修業をさせる小姑のような感じになってきたな。
薬師が、調合のスキルを覚えさせようとしているのを察知したので妨害。時間がかかる修行は俺の目的の妨げだ。人手が足りないことにして、小娘を雑用に追い込む。幸い、ベッドメイキングの技を知っている奴がいたので、教えさせた。元々宿の娘だけあって、これの覚えは早かった。くだらない技だしな。あと一つ。
掃除のスキルは無いか。これは雑用の多い下っ端が知っていた。良しこれでクリアと思いきや、ニーニャに接近させたらかえって掃除を押し付けられ、なかなか帰ってこなかった。一日を無駄にした。
容赦なく貴重な日数がたった。少なくともクンストマイスターの仕上がりまでには、ニーニャの方を片付けておきたい。もともと一つくらいスキルを知っていたりしないものだろうか。た、例えばだ、・・・ぱっふぱふな技とか。
不確定要素や希望的観測に頼るのは無しだ。あと一つ、些細なのでいい。
今さらながらに、目潰しなどというどうでもいいものを盗んだことに腹を立てた。他にも移動とか手数とか、わざわざ技にするようなものだろうか。そんなことは自力で達成すべきことである。俺に足りない物は威力であり、シュタルク系の技と、その究極であると思われるハイリゲスこそが価値のある技である。
小娘が容易に習得でき、かつ興味を抱く、低レベルのくだらぬ技・・・。俺にはもはや想像もつかない。だが、早くせねば。俺が反撃の準備を進める一方で、魔人ヘルキュンストラーも、この手を奪い返す算段をしているに違いないのだ。
常時、小娘の様子は小者に見張らせている。この日の小娘は、最近立て続けに3つの技を修め、調子に乗ったか、技の練習に意欲が出てきたようだった。聞き耳を立てていると、俺が近づけた、俺の手下の小者と親しげに会話を交わした。
「私よく、偶然を装って触られそうになるんですけど、そんなときに、ささっと避けられる技ってありませんか」
「いやあ、体捌きなら基本の移動技のシュプリンゲンがいいと思うけど、そんなにひどいのかい?」
「身に着けた物はフェアシュリーセンで警戒しておけば大丈夫になりました。でも、代わりにおしりとか触っていこうとする人が増えたんです!」
・・・ああもう、くだらない話題だ。だが、シュプリンゲンを習得しようという意欲は買える。今日中に取得しろ。そうすれば今晩、小娘は用済みとしてやれる。
小娘が練習を開始したので、俺はその場から離れた。俺が同じ広場の遠くにいたことで、あてつけに習得を開始したのかも知れないが、かえって好都合だ。やっと計画が進む。
今や、ディアブル一家の牙城と化した小修練場に向かった。天気は曇り始め、涼風が吹きつけ始めた。陰謀の進展には、ふさわしい空気である。
が、入ってすぐに、異様な気配を感じた。たむろさせていた小者どもが、誰もいない。
まずい、この空気は!
「ハーイ、御想像通りボクデスヨ~」
入ってきた木戸の他、複数の扉が閉まり、施錠された音がした。どうやったかなど問題ではない。準備も整わないうちに、ヘルキュンストラーと1対1で狭い空間に閉じ込められたのだ。
ヘルキュンストラーは、目の前にごろんと、箱を放り投げた。
「はい、どうぞ。こないだ息巻いていた事、実行して見せてよ」
ベルゲン製のシュレッダーボックスだった。
「・・・そうだろう、そうでしょう。痛いのやだもんねぇ。やったところで負けだもん。惜しいねぇ、あと一歩だったのにねぇ。でもさぁ、技を覚えたいなら、クンストマイスターに頼み込んで、自力で覚えればよかったんじゃないのぉ?」
うぐ。是非はともかく言われるまで、気が付きもしなかった。というか、それが。
「ハハハ。ボクもファーターに散々言われたんだよ~。盗んでばっかいるんじゃないって。でもしょうがないよね。それが魔人の手の代償なんだからさぁ。馬鹿らしくって、やってらんないんだよ。簡単に複製できるのに、苦労して習得するなんてさ。手を交換した今なら、そうじゃない気持ちが解るけどね」
俺の今の状況でこいつをなんとかできるのだろうか。・・・するしかない。
「好都合だ」
「え?なんだって?」
「好都合だと言ったんだ」
「くだらないハッタリはやめたまえ。君は積んでるんだ」
できることが無いときは、度胸、それのみだ。眼力、それのみだ。なんだ、2つもできることがあるじゃないか。
俺は、腕を組んで奴を見下して立った。手が震える。怯えの震えではなく、俺の意思に共鳴して、魔人の手が震えているのを感じた。この手は、こと盗むことにかけては、相手の強弱など意に介しないらしい。今現在対抗手段が無くとも、何でも相手から奪えばいいと言う存在だった。怠惰にして驕慢。度し難い。
「ずいぶん、なじんでしまったんだね。僕の手なのに、僕の所に戻ってくるべきなのに。むかつくなあ。じゃあ、こうしようか。君の手を箱に突っ込もう。そして元の持ち主に返そう。せっかく用意してくれたんだから」
奴の手は元、俺の手。しなやかな指。創造性豊かな旋律の指。未練が無かったと言えば嘘になるが、好き好んで奪って行った物を無下に扱うとは。ヘルキュンストラー、ムカついているのは俺も同様だ。決して許すまい。
「生意気な口を聞いた反省は無いみたいだね。謝っても許してやらないけどさぁ。」
ヘルキュンストラーは、足で箱を立てなおした。躊躇なく両手を突っ込む姿勢を取る。両手がズタズタになった状態でも、元の手を取り戻せるだけの実力をそなえているのだろう。魔人、恐るべし。だがもうその瞬間に突っ込んで切りまくるしかない。覚悟を決める時が来てしまった。
だが。
「愚か者めがーーーーーーーーーーー!!!!!」
突如、雷鳴が轟いた。俺と奴の間に、蒼い雷光と共に剛腕が突き立っていた。筋骨隆々とした偉丈夫がいた。シュレッダーボックスを真っ向から叩き割った者がいた。突き入れられた拳は、あろうことか、千刃の方を破壊していた。
「ふぁ、ファーター!な、なんでこんなところに!」
ヘルキュンストラーが、無様にも腰を抜かしていた。してみるとこの偉丈夫が、奴の父親なのか。出現時の蒼い雷光がまだ、体にまとわりついている。筋肉だけでも魔人の風格は十分なのに、帯びる魔力はもう、息子の比ではなく、狭い空間を圧していた。
「まだ、堕落の腕に未練があるか愚息よ!その創造の腕で成すべきことがわからぬか愚息よ!あれだけ言うてもわからぬならば、拳で語るべきか愚息よ!弱き者の技などに頼って何になるか、我らが目指すは魔王、そして魔神!創造すべきは神魔を圧倒する一撃のみ!」
雷光は、ヘルキュンストラーの結界を吹き飛ばしたのか、修道院の連中がこぞって小修練場に集まって来た。いの一番は、速さに定評のあるリーンハルトとかいう剣士だ。銀髪を振り乱して誰何する。
「貴様、何者だ!」
「おお、儂が用あるのはお前だ。最近、魔界の入り口をウロチョロしている人間の若造よ。儂の事は魔人ブラウブリッツとでも呼ぶがいい。お前のやっている事は儂の庭先を荒らしているだけのことだ。漢ならばもっと深く入って来て、儂の館に挨拶せいと言いに来てやったのだ!」
「なんだと!」
偉丈夫が俺を相手にしていないことをいいことに、俺は人垣に姿を隠した。どんな変人であれ、何が目的であれ、かまわない。窮地を脱した。今はモブでいい。
「魔人ブラウブリッツが、魔界の館に招待すると言っているのだ、人間の剣士よ。魔界の入り口を叩いた人間よ。儂の眼鏡にかなうならば、愚息を廃嫡して、貴公を養子に迎えても良い。名を頂戴できるかな、剣士よ」
「な、聞いてないよファーター!」
「貴様の企てが何かは知らぬが、問われて名乗らぬは騎士の恥。我が名は疾風のリーンハルト。人に仇なす存在は許しはしない!魔人よ、今この場にて果てよ!」
修道院の戦士たちが、ずらりと戦闘準備に入った。異様なる侵入者が魔人と名乗った以上、待望の敵の出現というところか。人数を頼んで、気圧されていない。
「やめんか!」
クンストマイスターの姿も見えた。表情こそ蒼ざめながら、姿勢も血色もいい。体力回復は順調のようだ。
「眼盗王のかけらに会ったことさえ希な事であるのに、よもや、魔人と相対することになろうとは。だが、今この時であることを感謝する。我が生涯に一度きりの聖技を空撃ちせずに済む。弟子たちよ、括目せよ!今こそハイリゲス・シュベルトを披露する!」
おおお。と門弟たちが揺れた。大敵の出現と奥義の披露。突然のことながら、奴らにとっては待望の瞬間なのであろう。
だが、俺にとっては都合が悪い。ジジィが技を出しても、すぐに魔人に倒されでもしたら、奪う暇も無い。変にフェアシュリーセンで抵抗されたら奪えない。
「若いのに老化した、死にぞこないの長よ。そう気負うでないわ。半端な技で儂にかすり傷でも負わして満足する気か。貴様の役目はあくまでも、太陽の力を根源としたハイリゲスとかいうその技を、弟子たちに広めることだ。いつまでも迷信を打破せず、偽りの神をいただいているから深淵に至らぬのである。今ここで暴露してやろう。貴様らの技と、貴様らの偽神との間に何の関連も無い。地上に降り注ぐは太陽の力のみである。その恒星の力のかけらを利用し得た者が、人であり、魔人であり、魔王であり、魔神である。少なくともハイリゲスを操る軍団でもなければ、魔王に対する力にならぬ。儂はあくまでも魔界の館で待つ。そこに来れぬような弱き者とは争う気も起らぬ」
俺にとっては、その長広舌はどうでもよかった。もともと神など信じていない。魔人ですら持て余すのに、魔王・魔神がどれだけ層倍に強くても関心が無い。邪魔なのはヘルキュンストラーのようにちょっかいを出して来る奴だけだ。魔王、魔神が地上に干渉した話はあまり聞かない。奴らは奴らで忙しいんだろう。
だが、修道院の奴らは、その話だけで意気消沈していた。自分たちの小ささを思い知らされたようだ。雑魚は雑魚ゆえに大魚に食い尽くされないのを忘れている。気にしても無駄な事で絶望している。
「愚息よ、立て。弱き者と戯言すな。奴らがどのような技を持て敵対しようとも、正面から迎撃せよ。魔人たる矜持を持て」
「嫌だ、どんなに頑張ったって、魔王になんか適うわけない!人間が魔人に絶対に敵わないように!僕は僕の奴隷相手に威張れればそれでいいんだ!」
「愚か者め、前を見よ、上を見よ!破れて死すとも戦士の誉れである!」
「いやだ~」
不意に、ブラウブリッツは、愚息ヘルキュンストラーを地面に叩き付けた。蒼い雷光を帯びた拳を、その顔面に放ったかと思うと、現れた時と同じように、雷鳴と共に掻き消えた。
後に残された修道院の面々は、一様に放心状態であった。気持ちは愚息の方に近いのだろう。
何を悲しむ必要があろうか。奴は攻めてこない。邪魔者は去った。
だが、深く人間たちの矜持は、誇りは傷つけられた。万物の霊長より高次の存在は神だけだと信じていたのに。
俺は気にしない。俺の目的は違う。俺は俺は俺は。くそ。俺個人の危機は当面去ったのに。この気持ち悪さはなんだ!
ファーター(とうさん)とムッター(かあさん)を勘違い
だってグレートムタっていうじゃな~い
修正しました!




