30話 眼盗王再来? クンストマイスター
昨夜。
しっかり眠れる薬をカスパル薬師に頼むと、無理矢理眠る薬は良くないので自然に疲れて瞼が落ちるという薬をいただく。だが、身近に麗しき女性がいると思うだけで、眠れそうに無い。ゼルプストリーベの弊害により、自分が完全に枯れており、興味もなくなったと思い込んでいた。カスパル薬師に妻帯を許可してしまったことを後悔したり、それでよかったのだと考えなおしたりする。技の副作用の効果が切れたのだろうか、健康を取り戻しつつあるのだろうか、即断は難しい。粗末な床に就き、悶々としていたが、どこからか漂う芳香に誘われ、いつの間にか寝ていた。
早朝。
目が覚める直前まで、勃起していたような気がしてならない。修行者の長たる身で、このような想いに取りつかれたことを恥じる。恥じる一方で、うれしいのも事実だ。
北壁に立つ。全身にみなぎる程の力は無い。が、見切りをつけると、断崖の点と点を結んで一気に海岸まで駆け降りた。振り返る。半分ほどなら登れる気がする。明日ならできそうな気がする。
「お久しゅうございまする、クンストマイスター。御加減がよろしいようで何よりです。して、私に御用でしょうか?」
我が高弟の一人が、海中の岩の上に立っていた。腕を上下から背中で組んでいる妙な格好だが、寄せ返す荒波に耐えて不動、もっと浅黒ければ石像に見えたに違いない。
「おぬしに見てもらいたい若者がおる。頼めるか」
「この巌のツェメント、若造などに砕くことはできませぬぞ」
「良いのか、中庭のご先祖は粉々にされたが」
「なんですと!許されざる暴挙!その若者、心構えから鍛えなおしてやりまする!」
ツェメントはワシを背負って北壁上に舞い戻った。誰も見とがめない。警備が薄い。
修道院の修練場に戻ると、あの若者ジオカトロが先輩たちの横で素振りを行っていた。体格も大きい、力も強いが、どこかたどたどしい。テンポとリズムが悪い。ワシ、リーンハルトに悪いことをした。いくらなんでもこのジオを高弟扱いはないわな。
疑念を抱くツェメントを脇に置き、一通り観察する。真面目。愚直。応用が下手。なのに、戦技の披露になると、人が変わったよう。最もおかしいのは、ドライ・シュネル・シュベルトが打てるのに、それを単発で一刀振らせると、泳いでしまって次に繋げないことだ。ツヴァイ・シュネル・シュベルトが打てないのにドライが打てる矛盾!
ツェメントがたまらずアインとツヴァイを披露し始めた。良く見ろ、真似をしろ。
「何故だ、何故できないジオカトロ!」
「ジオと呼んでください。うう~ん。不思議ですねぇ。気がつきませんでした」
「いいか、もう一度やる、よーく見ろよ」
ジオの目が爛々と輝き始めた。技の理を良く知らず、力ずくでドライを実施?そんなことができるわけが。
「わかりました!ツヴァイ・シュネル・シュベルト!できました!」
「おお、やっとできるようになったか。反復練習を忘れるな。こうだぞ!ツヴァ~・・・あれ?つヴぁっ???」
ツェメントが突如、技を失敗するようになった。∞が描けない。
「僕に技を覚えられると、ショックで一時的に出せなくなるようなんです、みなさん」
「何を馬鹿な。ショックなんぞ感じ取らん!」
ツェメントはアインからやり直した。しつこく型を繰り返し、ようやくツヴァイを成功させた。
「たまには基本からやり直すのが大切だな!うん!よし次行くぞ」
不思議なこともあったものだ。基本未熟で、技と技に穴があるのに、覚えがいい。
「次はワシが足運びを教えてみよう」
シュプリンゲンの簡単な奴から見せる。フリュー・シュプリンゲン、ホーホ・シュプリンゲンへの派生はまだ先の話だが、単なるシュプリンゲンの習得だけでも、相手との間合いの調整は格段に良くなる。良く見ろ。良く見て覚えよ。
「わかりました!こうですか!シュプリンゲン!シュプリンゲン!すごいですねこれ!」
ジオはすぐ覚えてしまった。変な天才?妙に天才?相手にすると徒労感がする。
「そうだ。その調子だ。しゅぷッ!」
ワシは、技を出そうとして次の瞬間に顔から地面に突き刺さっていた。
ば、ばかな、体の調子は良くなっているのに、こんな無様に転ぶとは!
「クンストマイスター様!!!」
みながあわてて駆け寄ってきた。
「やはりお体が!無理をなさらないでください!」
ワシは、意識中の戦技の箱を探った。シュプリンゲンの箱が並んでいるはずの場所が、ぽっかりあいていた。その脇にはフリューの箱、ホーホの箱があるのに。
「フリュー・シュプリンゲン!」
意地で人だかりから強引に抜け出した。
「きゃあああ!」
ワシは、白いエプロンに顔から突っ込んでしまった。しまった、もうしわけない。細君はニーニャ殿と言ったか。わざとではない。ああ、顔の泥が胸にくっきりと移ってしまった。は、はたかなければー。
「だめです!さわっちゃだめです!それは!」
カスパル夫妻は、朝の食事と薬の用意ができたと呼びに来てくれたのだった。なんという醜態をさらしたものか。
ああ、しかしまた元気になれた気がする。ニーニャ殿、何故にあなたは人の妻・・・。
朝食は、一堂に会して質素に行う。神に感謝をささげるふりをする。私は祈らない。我々の神秘の技の先に、皆が崇めたてる神がいないことを知っているから。それでも修道院長に収まっているのは、戦技教官長の副次職に過ぎないと割り切っているし、我々の国家も道徳も習俗も、この宗教を抜きに成立はしないからだ。
いつものリーンハルトの席には、これからカスパル薬師に座ってもらうことにした。ワシに薬を処方する都合上のことだ。
「あの、修道院の規律は尊重するべきだと存じておりますが、病人が回復するためには、質素な食事は逆効果であり、回数も朝夕ではなく、朝昼夕になりませんか。私も体が弱いので、昼を抜いてしまうと午後がつらく・・・」
「あまり食欲がわかぬのですが、おまかせしたい。このままでは弟子に教えを授けることもままならぬとわかりましたので。」
もう、朝のことは健康のせいにするしかない。その後ニーニャ殿の胸に突っ込んでいったのはごまかしようも無いが、うやむやにお頼み申す。
ツェメント他の高弟達もそれがいいと同意してくれた。司令官に食料を握られている以上、当面はお前たちは2回のままだがな。
体が資本の連中に、いかに修道院とはいえ質素な食事で我慢させるのは良くないとわかってはいた。自分が食えないものだから、自然に皆を付きあわせてしまった面もあった。
食事中、雑談が耳に入った。久しぶりの入門者に、マイスターと高弟が付きっ切りで指導にあたっていることに、不満げである者がいる。集団の統率は難しい。一々に対応はできぬので聞こえていないふりをするが、大きな不満に育つようだと、やっかいな問題となる。
だが、今はジオの謎に集中したい。シュプリンゲンは比較的習得まで容易な技だ。常に行っている前進後退左右跳躍を、戦技昇華したまでのことだからだ。技を使わずしてシュプリンゲン以上の速度や移動距離を実現できる者もいる。戦技の良さは、完全に左に重心を崩した状態でも右にカッ跳べる等の意外性にある。それを今ワシが何故できないのか。何故箱が無いのか。何故箱が奪われたように無くなっているのか。箱が盗まれている。
技を盗む。ワシもよくやったことであるが、しかし盗んだ結果、相手は依然としてその技を使える状態である。一体どうすれば相手の身についた技を消し去ることなどできようか。ジオから全く悪意を感じないだけに、わけがわからない。
ツェメントも技を覚えられた。使えなくなった。また使えるようになった。これは、どういうことか。ワシと同じように、技の箱が無くなったのだろう。だが、ツェメントは技を再構築、再習得したのではないだろうか。ツヴァイ獲得の実力を常時備えているのだから。
ワシはシュプリンゲンを再習得できる身体状態に無いのに、技に頼った。その結果が無様な失敗につながった。フリュー・シュプリンゲンを打つことによって、シュプリンゲンの感覚は思い出した。今なら再習得できるはずだ。体がうずく。
「クンストマイスター様、このまましばしご休憩を。今日のジオの訓練は私がお引き受けしますので」
ツェメントが、席を立った。容易に再習得できないような条件技を盗まれたら憐れと思いつつ、引きとめることができなかった。まだ推論に過ぎない。
薬を飲み、体を壁によりかからせた。頼む、効いてくれ。
技を盗み取ってしまう存在。そういうものの伝説を思い出す。かつて自分がそうだと思い、有頂天になった時期もあった。ワシは相手の技は消せなかったが。
眼盗王。
聖壁十字軍の戦いの中で、我らが英雄の宿敵となった敵の王。からくも奪い取った邪眼を駆使した英雄は、その身を滅ぼす。味方の嫉妬を受け、寝ている間に眼球を焼かれたのだ。邪眼は灰となったという。そういう悪夢を、良く見た青春時代を思い出した。
そこへ、来客があるという知らせが来た。現在司令官がお相手している篤志家の方が、城と修道院の双方に寄付をしてくださるそうな。ありがたい話だが、明日にできないか。今は妙にキラキラしていたジオの目を、すぐにでも再確認したいのだが。
そうもいくまい。身分が高いがゆえに、許されぬ我儘もある。応接室に移動した。意思の強そうな若者だ。言いたいことを言わせたが、ワシの頭には半分も入ってこない。寄付は金貨5枚。薬草園拡充。海賊が~、情熱が~、と熱弁をふるった後、なんとか入門したいと頭を下げた。
素性もわからぬし、実力の程も知らぬが、金主である。修道院の独立独歩のためには、こういう手合いをかき集めるのも必要なことであろう。司令官も寄付を受けたのなら、文句も言うまい。今は手短にすませたい。
「高弟の一人にお相手をさせましょう。修練場でお待ちくだされるか」
やさしく手ほどきをしてくれる者がいい。逃げ出されては意味が無い。リーンハルトはダメじゃ。誰なら相手に良いか。だが結局適材どころか、サボっていたダメ高弟が目についたので、そいつを向かわせてしまった。
ワシが集中したいのは、今はジオの事なのだ。確認せねばならない。
彼が眼盗王の真の再来なのか。ハイリゲスを授けて良い存在なのかを。
また主人公達以外の視点になってしまいました。




