29話 渡りに船 司令官
29話 司令官
うーぬ。面白くない一日であったが、最後に良い知らせが来た。海峡城補修に金貨10、薬草園拡充に金貨5の寄付申し込み。どこの成金か知らぬが、ディアロゴスと言う奴はようわかっておる。金貨10ぽっちでは半端でどこも直せぬ。つまり、好きに使って良いと言う意味である。個人的に使う分にはなかなか魅力あふれる金額である。
小うるさい副官には相談しないことにする。「本日、白昼突破して行った海賊船を捕縛するための高速帆船購入のための資金の一部に」とか言い出しかねん。そんなことは私の仕事ではない。通過商船からの税収さえきちんとしておれば良い。悪天候を押して通過しとる小舟の存在くらい知っておるが、それを取り締まろうとすれば船と兵に無駄な損害が出る。損害が積み重なれば哨戒艦が商船の列に対処しきれなくなり、税収が減少する。思えば前司令官は無慈悲で浪費が好きな司令官であった。戦果は華々しかったかもしれんが、あたら後家を増やした。
「篤志家のディアロゴス殿はいついらっしゃるのかのう」
しかし、薬草園拡充は私も許可した件であるが、それにしてももう巷間に広まっているのか。情報が早いと言うか、出入り商人どもの口が軽いと言うか。前任者の無能ぶりが際立つ。今後は引き締めねばなるまい。城内に異分子がおることがそも間違いだ。
修道院の奴らはたるんでおる。院長は自分をクンストマイスターなどと呼ばせておるが、健康管理もできないのであるからクソマイターで十分であろう。防御施設である中庭を雑草園と化すわ、弟子どもはそこを荒らすわ。侵入者かと思えば弟子でした。茶番か。
しかし、いつ敵を引き込むか知れたものではない。副官は奴らへの抗議が甘いのではないか。奴らを追い出す決定的な策を早く出せと言っておるのに、知恵の回らぬ奴である。
翌朝。破壊された彫像は、何代か前のクンストマイスターだったらしいので、いい気味だからちと見に行ってやろうと思った。跡地には寄付される予定の金貨5枚で、美女の裸像でも飾ると、士気向上に良いであろう。
中庭には、そうした行為には似合わない優男がいた。
「おう、これは高弟リーンハルト殿。農夫のようなかっこうでいかがなされたか」
「薬草園再建まで破門を言い渡され、今の私は恥ずかしながら一介の農夫にございます、司令官様」
「破門とな。厳しい沙汰かと思えば、今や修道院は出入り自由の楽園か。ずいぶんとゆるい規律をお持ちのようですが、困りますなあ」
「うぐっ」
優男が屈辱に耐える姿は、なかなか嗜虐心をそそる。
ま、規律はどうでもよい。むしろ追い出すのに都合が良い。もっと適当にやれ。
城内を見回る。南の岬に張り巡らされた城郭は、海峡に突き出た雷鎚の発射施設である。下の様子は、発射穴から覗くか、城壁から見下ろすかであるから、多数の見張り員が連携しないと、15発撃っても一発も当たらないという結果になる。昨日は最後の一発を当てたという嘘の報告を行った士官を更迭した。たるんでおる。
東の城郭は、小規模な見張所であるが、城内の最高所であるので見晴らしが良い。外海からの商船が、海賊に追われて必死で逃げて来る様子は実に面白い。商船回廊以外を通ろうとして、海峡東側の渦に巻きこまれる無知無謀な船も、時々おる。税は安全に通行していただくための案内料でもあるということがご理解いただけていない様子である。慙愧に絶えない。
北は断崖。城壁外に小規模な段差があるが、ここから上ってこれる者はいないので、行かなくてもいいだろう。
そして西の城郭は、例の忌まわしき修道院である。城内にありながらかなりの領域を持ち、修練場を三つも持つ。初代の院長は信仰心の篤いお方であったようだが、近年の院長はほとんど祈ることも無い不信心者であるという。修道院の看板を下ろす日は近い。
くたばりぞこないに嫌味でも言ってやろうかというところで、中央城郭に呼び戻された。例の金貨殿をお通ししているということである。
「もういらっしゃったか、うほほ」
城内の案内ぐらいせねばなるまいが、機密の上では良くないかもしれぬ。どこまで公開して良いものか。副官にまかせよう。それと、修道院なら公開しても奴らの責任だ。
入室しようとしたところで、副官に呼び止められた。
「これからお会いする方についての情報が若干ございますが、お聞きになりますか」
まあ、手短にな。
「ギルド系の情報によればディアロゴスは、最近海賊から宝を奪い、その襲撃を撃退し、羽振りの良い勇者とのことです。しかし、出自が不明であるため、町長からは彼自身が海賊である容疑をかけられています。我々が後送した宝の行方が不明になったあの町の町長の言うことですので信憑性はありませんが、うさんくさい奴であることは確かでしょう」
「おかげで私の功績がうやむやになった。町長の言うことなど捨て置け。では、宝は回りまわってディアロゴス殿の所にあるというのだな?」
「しかとはわかりかねますが、襲撃で大部分が灰燼に帰した様子で」
「ん。そういう筋書きでよいだろう。おほ、会談がたのしみじゃな」
金貨10枚どころか、あの宝の一部ないし全部が戻って来るかも知れぬ。
「お初にお目にかかる、勇者ディアロゴス殿。なんでも海賊退治で勇名を馳せられたとか。となれば我々とは同志ということですかな。わっはっは」
「お目通りが適いましたことを感謝したします、司令官閣下。私自身はわずかに数人を倒したのみ、奪い返した宝も微々たるもの。私が自由処分を許された一部をこちらに寄付という形で返還にまいったまでのことです」
身なりも良いし、なかなか弁の立つ若者のようだ。
「海賊の宝はのう、元の所有者の権利を言い出したらキリがない。我々が多大な犠牲を払うにもかかわらず、証拠も無く無償返還を要求される方々も多くて困る。特徴ある宝物ならばともかく、貨幣は必要経費として自らの物としても罪ではないと思うのだがな。なかなか世間は実情をわかってはくれぬ」
「閣下のご苦労をわからぬ輩ばかりではありません。我が一党は襲撃により壊滅して果てましたが、資金と拠点さえあれば再起は容易です。民間にも志あるものは溢れております」
「ほう。義勇の一党を立てるおつもりか。しかし、この城をあてにされても困るぞ」
「いえ。この城と言えばこの城ですが。私が問題としたいのは、力がありながら遊んでいる者たちのことです」
「聞いたか副官。この城に遊び人がおるという噂があるらしい。嘆かわしい誤解だ」
「我が騎士団を愚弄する気ならば、お引き取り願いましょう!」
「いえいえ、海峡を厳重封鎖しておられる騎士団の噂であろうはずが。今や有名無実化した、あの集団のことで」
「はっきりと申せ!どの集団だ!」
「副官。この方はずいぶんと事情通であるようだ。頭ごなしに否定しても通じまい。私も懸念するとある集団があることはあるが、現在改革の途上である。」
「おお、さすが司令官閣下。ならばその改革に我が一案を付け加えさせていただけませぬか。ありていに申せば、私は彼らが秘匿する戦技を公の物としたいのです。私の入門をお許しいただければ、技を盗み、内部に一党を形成し、しかる後に袂を別って出て行きましょう。残存勢力は閣下のご自由な沙汰の元になされませ。」
うおお。これこそが名献策と言うべきか。このような者をこそ副官にしたかった。
「痴れ者が!修道院と騎士団を離間せんとするか!」
実務的には色々使える奴ではあったが、どうやら忠誠心を向ける先をはき違えていることが確定したようだ。
別の部下を呼んだ。副官を予防拘禁せよと小声で命ずる。
「さて、ディアロゴス殿。提案興味深い。内なる敵の壊滅に向けて資金面、作戦面での協議が必要であろう。新しい副官を任命するので、その者とよく連絡を取り合ってすすめられたし。発覚を避けるため私は以後接触しないが、よろしく頼みますぞ」




