28話 百技も一技にしかず クンストマイスター
ダスライヒを夢見て武を編んだ先人。我々は通常、ダスライヒ語を使用せぬのに、人名、技名に好んでそれを用いて来た。その継承は脈々とこの海峡城修道院にて受け継がれて来た。自分自身でも容易に取り出せぬ奥底に、一振りの聖剣・ハイリゲスシュベルトがあるのを、ワシは感じる。だが、これをふるうような相手が現れるのだろうか。この世界の敵は、一剣にて滅ぼせるような敵ではなく、真綿で首を絞めるかのごとく修道院の命脈を縮めてきおる。
次第に門をたたく若者は減り、外敵や賊の討伐の依頼も減り、失地回復のため覚えた他者回復技は、代わりにワシの命を縮めた。死病から救ってやった貴族どもは、消耗済みの魔法の杖を見るかのように態度を翻した。ワシがもう他人を助ける体力が無いと断ると、疑いの目を向け、舌打ちをし、唾を吐いて去り、人を見殺しにする極悪人だとワシの悪評を流す。
この技が、広まらぬわけである。救える者はわずかなのに、術者に絶望をもたらす。ゆえに名を伏せる。
ワシは、ハイリゲスシュベルトを誰かに託すまでは死んでも死にきれぬ。
昨年は、もうだめかと覚悟した。最後の盟友が栄転と言う名の更迭を受け、新司令官は愚物。修道院は人頭の制限を受けた。さらに、王位継承者の治療を引き受けざるを得なくなり、極限まで疲弊し寝込んだ。三十にしてクンストマイスターを受け継いだワシは、四十の今、八十の老人のように病み衰えている。
若いころというか、つい一昔前までは、ゼルプストリーベによって安直に回復を繰り返していた。女に興味が無くなる弊害を、誰知ることなくこの技は一部で流行していた。気が付いた時には子をなす意欲が消滅していた。自己愛、むべなるかな。
ワシがゼルプストリーベを封印し、敵の攻撃を受けない流儀に移るにつれ、巧断の技は卑怯な技という共通解が出来上がって行った。だが、狭隘な思想を戒めるだけの気力も今は無い。
巷に良い薬師がいるということを知ったのは倒れてからのことだった。技さえあればそんな面倒な物は不要。であったが、弱り切ったワシの体は、技ではほとんど活性化することは無い。かろうじて立ち上がることができるようになったのは、薬草の処方のおかげであった。
病まなければ、傷つかなければわからぬことがある。修道院の活路を、薬草による治療院と薬草園にワシは求めた。技と異なり、効果は劇的ではない。だがそれを必要とする弱き者がいるのだ。・・・主にワシの事であるが。
今日は、カスパル薬師が修道院に座を移す日だ。ワシが自己流で始めた中庭の薬草園も、ちゃんとしたものにしてくれるはずだ。失礼の無いよう、早めに身支度をすませていた。
そこへ、侵入者の報告。城の警備を見る余裕もなかったが、やはり甘くなっているのか。
腰の軽いリーンハルトあたりが対処するであろう。その調子でさっさとハイリゲスを習得してくれれば、ワシも楽になれるのに。
ふと、薬草園が心配になった。たまさかそこに侵入してくるならば、ワシが迎撃してやらぬでもない。身のうちに小さな火が灯る。この高揚感は、久しい。
百技を修めていても、今使う気になるのは十に満たない。リーンハルトのごとくあっちゃこっちゃ飛び回っては、足腰を痛めてしまう。そして回復しない。おお、恐ろしい。
どの技を使っても疲れる。かつて伝説の眼盗王の再来と呼ばれ、人の技を見よう見まねで習得しまくった若年の頃がなつかしいが、今では開けてない箱が部屋中に積み重なっているような錯覚すら覚える。
何も考えずに敵に挑んで、果たして必要な箱が開くだろうか。そんなことを考えながら中庭に入ろうとすると、檻で閉ざされている。あっ。しもうた!
中庭は、虎口の次に敵を導き入れる迎撃設備ではないか!長いこと使っていないのに良く檻が降りたものだ。いや、目の前の檻は下までおりとらん。僥倖。いや整備不良。
折しもワシ秘蔵の薬草園では、彫像が盛大に粉砕。リーンハルトが突っ込んだりのいたり大立ち回り。お、敵が受け身になった。よし、そのまま動くな。動くなというのにリーンハルトの奴!
「まてぇぇぃ・・・」
く、か細い声しか出ぬ。不詳の弟子が何の躊躇も無く薬草園を踏み荒らす。
「まてえええい!」
ようやく大声が出た。そのあとワシが何を口走ったかは覚えておらぬが、リーンハルトの足元で、ようやく一株だけ芽を出した貴重な薬草が半分踏みにじられ、何を思ったか奴は跳び膝でそれにとどめを刺した。ワシの命が吸われていくような感覚。いや、まだだ、まだ終わらん。まだ他の薬草が残って・・・りぃぃんはるうとおおおおお!!
気が付くと、ワシはきれいなおねぇちゃんに介抱されていた。
あれ?バカな。女性への興味は失われ、息子は役立たずのはずなのに。
そのおねいちゃんは、娼婦でもあり得ぬような超ミニ。そして、空間識のあるワシならではの察知力で目撃せずともそれがわかったのだが、ななんと。ナインスハイデ!!
ワシは激しく後悔した!このような奇貨に出会う前に、ゼルプストリーベでライデンシャフトをズブリマツィオーンしてしまったことを!!
・・・冷静になろう。右におねいちゃんとカスパル薬師。左にリーンハルトと侵入者のおにいちゃん。うお。なぜに。ワシの心臓の動揺が止まらぬ。
「わが師よ。気が付かれましたか。こちらはカスパル薬師夫妻と、入門希望者ジオカトロ君です。司令官がああだこうだ言ってきたのは黙らせましたのでご安心ください。紹介状と、お手紙をご確認の上、ご裁可をお願いいたします」
むう。せっかちめ。半病人に容赦ないのう。おっ死ぬ前にやっかいごとを片付けろと言うことか。
「おお、カスパル殿、よく来てくだされた。これからお世話になり申す。ご細君の介抱、かたじけない。そばにいてくれるだけで、年甲斐も無く力が湧くようじゃ。それと、ジオカトロ君か。」
「は。お騒がせして申し訳ありません。つい道場破りのような真似をしてしまいましたが、師の元で技を修め、より一層の研さんを積むべく、こちらの門を叩いた次第にございます。どうぞ、紹介状をお改め願いたく」
「いやいや、ワシの薬草園に侵入して大立ち回りをやらかした賊を今まさに成敗なさるところとお見受けしたが」
一瞬皆がきょとんとしたが、次いで苦笑が巻き起こった。
「いやあの、クンストマイスター様。迎撃したのはワタクシで・・・」
リーンハルトは無視。心の中ではお前はしばらく破門扱いじゃ。
「失礼して紹介状を確認させていただこうか」
それは、祖父と同期の老戦士の紹介状であった。通り一片の紹介状で、大分古く、固有名詞が無く、技の事も書いていない。まあ、彼が教えられるのは、使いこなせれば非常に強力だが、馬鹿の一つ覚えのあの技しかないが。この紹介状、誰かに奪われた時のことは考えなかったのか。
目の前の青年は、一見、人を騙すような輩には見えない。性根はわからんが。
続いて手紙を確認する。これを持参したのはカスパル殿だが、差出人は同じ老戦士。む。念が入っている。舌足らずの紹介状の別便補足か。同時に届くとは。こちらが遅れた時のことは考えなかったのか。
開く。書いてあったのは「大事な技を盗まれてしまうといい。ぷくく」
???
どういうことだ。実に、実に舌足らず。謎かけか。挑戦か。
まさか、この純朴だが、この鈍くさそうな青年が、ワシの大事な技を盗むだと?
おう、やれるものならばやってもらおうではないか。ワシはどうせ伝承者も見つからず、あやうく神に技を献上してしまうところの半死人だ。いくらだってくれてやる。どんどん持って行け!
ジオカトロ殿を思わず睨みつけていると、恐る恐るリーンハルトがたずねてきた。
「それで、あのう、入門は許可なさいますか。司令官は不許可と申しておりますが」
むかッ。弱っていた時のワシはそれを受け入れてしまったが、今は違うぞ。
「おうともよ。ジオカトロ殿は我が高弟として入門していただく。代わりにリーンハルトを破門とする!!」
な、なんですとー!!!!!
その場の全員が、一斉に青くなった。 ほほ、おもしろいのう。




