8 . 後悔
ユイさんと最後の会話を交わしたあと、僕たち2人はユイさんが見えなくなるまで彼女の後ろ姿を見つめていた。でも、ユイさんが振り向くことは一度もなかった。もう会えないかもしれない。どこへ行くのか聞いておけばよかった。そんな思いが後から込み上げる。
"村から出て行く"この言葉だけが強く印象に残った。想像もしていないことを突然言われると、頭の中って真っ白になるんだな。言いたいことは沢山あったはずなのに、言葉が出てこなかった。
別れって突然だ。僕の心にぽっかりと穴が空いた。
「父さん、そろそろ行こう? 父さん?」
「ん?あぁ悪い。ぼーっとしてた。行っちゃったな〜ユイさん。寂しくなるな」
「そうだね。でも大袈裟じゃないかな?ねぇ?」
「………」
「父さん?大丈夫?」
「え?あぁ大丈夫だ。さぁ行こう」
「う、うん」
父さんの様子がおかしい。そう思いながらも頷いた。
「……………のか」
「え?」
僕の疑問は父さんには届かない。この時、父さんが何を呟いたのか僕には聞き取ることができなかった。その後はお互い無言のままいつもの場所まで真っ直ぐ歩くだけだった。
そして始まるいつものルーティン。いつもの場所。
いつものトレーニング。のはずなのに。
「ねぇ、なんか今日いつもよりハードだよね?少しは休ませてよ」
「そんな事ない。黙ってやれ。お前のためだ」
なんだよ。その口調。お前のためお前のためってそればっかりじゃないか、ふざけるな。
"お前のため"この言葉が今日の僕には重く響いた。
いつもと明らかに違う。こんなの父さんじゃない。
僕の本音がついに込み上げる。
「なんなんだよ!僕のため?じゃあちゃんと理由を教えてよ!わかるんだよ、他に理由があるんだろ?治安が悪いなんてただの言い訳だ!何か隠してることくらいわかるよ。それに、さっきからずっと父さんが父さんじゃない!」
「………」
父さんの顔が曇る。何か悔やんでる、悲しんでる、迷ってる、そんな顔。
「黙ってないで何か言えよ!僕には話せないってか?」
違うこんな事言いたいんじゃない。そんな顔させたいわけじゃない。そう思うのに、口から出るのは父さんを責める言葉だらけ。
止められない。
なんでだ。
「ずっとそうだ。口を開けば僕のため僕のためって
僕はこんな事したくない!僕の気持ち一度でも考えたことある?父さんの事情ばっかり押し付けないでよ」
「…………っ」
「せめて…理由くらい。そしたら僕だって…!」
どうしたらいい?
広は俯きながら葛藤していた。
「はぁ。もういいや。少し頭冷やす。ごめんね父さん。今日はもう終わりでいいよね」
そう言い残し、父さんに背を向ける。
そのわずか数秒後。
------ドカーーン-----
凄まじい音と共に、砂埃がまった。
「っごほごほっ……」
なんだいまの?
視界がはっきりした時、僕の目に映ったのは……
頭から血を流し、何者かに首を掴まれ脱力する父さんの姿だった。
「ミッション不完了。まだ息があります」
言葉が出ない。足は鉛を詰めたように重い。そして地面から離れようとしない。
「っあ………だれ…だよ、おまえ。…とうさん…!」
叫んだつもりなのに、静まり返ったこの場所に僕のか弱い声が響く。
そして……
僕の見つめた先、父さんの濡れた瞳と視線が重なる。
「すまない」
そう言い残し、微笑みながら崩れ落ちる。東雲 広はキットの目の前で息を引き取った。
血の海から目を離すことができない。
父さんに背を向けたたった数秒。数秒のはずなのに、何時間にも感じたこの時、僕の頭の中は今まで感じたことのない感情に苛まれ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。




