3-4(真実).
「そこまでよ! 確かオルランド侯爵家のリーゼロッテさんでしたわよね!」
まさに私が氷属性魔法でエルサを攻撃しようとしたその時、私の背後で凛とした声が響いた。私の背後にいたのは、私が結婚するはずだったダイカルト様――学院時代からずっとお慕いしていたダイカルト様――を突然奪っていった悪役令嬢だ! 私は王妃様にも認められていたのに・・・。
「魔石が青白く光っているとこを見ると、使おうとしているのは氷属性の魔法ね。それなら私の仕業にできると思ったのかしら」
ああー。私は手に杖を持ったままその場に崩れ落ちた。
「私はすごく努力したのに。ずっと何年も。家柄だって問題なかった。王妃様だって私を気に入ってくれていたわ。それなのに・・・」
これまで言いたくても我慢していた本音が私の口から漏れだした。
「それでも、まだ、王国の侯爵令嬢との政略結婚ならまだ許せる。私はなんとか立ち直った。私は強くなったはずだったのに・・・。だけど、今度は侍女だなんて絶対に許せないわ!」
私の言葉は止まらない。
「それにエカテリーナ様は性格が悪いって、帝国までその名が聞こえてくるくらいの悪女だもの。きっといつかは、ダイカルト様もそれに気がついて、エカテリーナ様を追い出すかもしれない。だから私は、縁談をすべて断って努力を続けている。帝国初の女性宰相も夢ではないって言われてるのよ」
エカテリーナ様は、私の口から漏れ出した言葉を黙って聞いていた。
いつしか私は大声で泣いていた。そしてそれがすすり泣きに変わったころ、エカテリーナ様は口を開いた。
「リーゼロッテさん、心配しなくても、もし仮に私が離縁されたとしても、ダイ様がエルサと結婚するなんてありえないわ」
エカテリーナ様は落ち着いた口調でそう言った。冷静なエカテリーナ様を見ていたら、私はまた腹が立ってきた。
「そんなことないわ! 私は、こないだ二人で見つめ合って赤くなっているところを見たのよ。エカテリーナ様も油断しないほうがいいわ。男なんてそんなものよ。それにエルサの予言した通りにマルマイン王国に聖女様が出現したんだもの。これが偶然なんかのはずがないわ。これからだってエルサの言う通りになるんだわ。エカテリーナ様だってそう思ってるんでしょう?」
エカテリーナ様は少し考える素振りをしていた。
「ダイ様とエルサが見つめ合って赤くなっていたって言うのは、ダイ様が飛んできたショールだかマフラーだかを取ってあげたときかしら?」
「そうよ。あのとき二人が赤い顔していたのを私は見たわ。まるで一瞬で恋に落ちたみたいだったわ」
私は少し挑発するように言った。
「あー、あれはね、慌ててショールかなんかを追いかけてきたエルサの服が乱れて、足はあり得ないほど上のほうまで露わになっているし、胸元も開いてたって、だからダイ様は目のやり場に困っていたのよ。私の愛するダイ様はね、その日にあったことをなんでも私に話してくれるのよ。どこで話してくれるのかは言わないけど・・・」
そう言ってエカテリーナ様は赤くなった。
「でも、ハンカチだって」
「ハンカチ?」
「ええ、第三王子の紋章が入ったハンカチをエルサは持っていたわ」
「リーゼロッテさん、勉強はできるのに、案外抜けているのね。そんなもの手に入れることなんて簡単よ。そうね、ダイ様なら目の前で侍女が転んで血でも出せばハンカチくらいすぐ渡すでしょうね」
「・・・」
しばらく間をおいた後、エカテリーナ様は、さっきより少し真剣な口調で話し始めた。
「リーゼロッテさん、あなたは王妃様に気に入られるため、ダイ様と結婚するためだけに、そんなに努力をしていたのかしら。私にはそうは思えないわ。あなたはむしろ勉強が好きだった。そして、そんな他の令嬢とは違う、そう他の令嬢よりずっと優秀な自分を認めてもらいたかった。ダイ様が好きだったのは事実でしょうけど、ダイ様と結婚できれば、自分が認められたことになる」
「そ、それは・・・」
確かに私は勉強することが嫌いではなかった。努力だって嫌々していたわけじゃない。学院ではほかの女の子たちが馬鹿に見えて仕方がなかった。自分をどうやってより美しく見せるかとか、どの男が狙い目だとか全く興味が持てなかった。
だけど、王妃様に目をかけられダイカルト様の婚約者候補だと噂されたときには、自分でも不思議なほど嬉しかった。ダイカルト様は優秀な私にこれ以上ないくらいふさわしいと思えた。それから私はダイカルト様に夢中になった。
「はっきり言って、あなたはプライドが高い。だから自分には優秀なダイ様がふさわしいと思った。私とダイ様の結婚は、ダイ様が帝国のことを考えた結果の政略結婚だからまだ許せた。だけど・・・」
「わ、私は・・・」
そうだ。侍女なんて絶対に許せなかった・・・。
「だけど、侍女のエルサが自分を差し置いてダイ様に好かれるなんて、まして悪役令嬢が退場した後にダイ様が侍女と結婚するかもしれないなんて、あなたには許せることではなかった。でもそれはあり得ることだった。だってエルサが予言した聖女様が本当に現れたんだもの。だから、こんなことをした。リーゼロッテさん、私はそれが悪いとは思わないの。だって私って悪役令嬢でしょう。でも、リーゼロッテさん、あなた勉強は得意でも虐めは下手すぎるわ」
そ、そんな・・・。
「それでね、私って悪役令嬢だから、あなたのような方にもっと帝国やダイ様、ひいては私のために働いてほしいの。馬車馬のようにね。だから今日のことは見なかったことにするわ。初の女性宰相も夢でないっていう人材には、もっと私たちの役に立ってもらわないと困るわ。エルサも、何も聞いてない。いいでしょう?」
気がつくと、私たちのそばにはエルサが立っていた。私はずいぶん大声で泣いていたから気がつかれたんだろう。エカテリーナ様の言葉にエルサはコクコクと頷いている。
「リーゼロッテさん、さっきも言ったように、私、あなたには期待しているの。だから、今日のことは私たちだけの秘密。私はエルサと話があるから、もう行っていいわ」
私は、すごすごとその場を去ることしかできなかった。
★★★
私は、オルランド侯爵家の令嬢であるリーゼロッテがその場を立ち去るのを確認するとエルサの方を向いてニッコリと微笑んだ。
「さて、やっと二人きりになれたわね、エルサ。私、エルサにお願いしたいことがあるの」
エルサは私の言葉に身構えた。
「エカテリーナ様、お願いしたいことって?」
「それはね。エルサの後ろで糸を引いている人にね、計画はうまくいっていますって伝えといてほしいの。エカテリーナは毎日憂鬱そうですって、そう伝えてね。そのほうがエルサにも都合がいいでしょう。こんなことするなんてエルサはその人が好きなんでしょう。エルサとその人が幸せになれるのを祈っているわ」
「エカテリーナ様はすべてお見通しだったのですね」
「さあ、すべてかどうかは分からないわ」
実際、私は『心優しき令嬢の復讐』の続編のことは知らない。その後、私はエルサに対して、もう少し細かく指示をした。予想通り、それはエルサにとっても悪い話ではなかったようでエルサは反論することなく頷いた。
エルサに対してはこんなとこでいいだろう。
そもそも乙女ゲームの中で戦争で大量の人が死ぬとかが描かれるはずがない。いや、乙女ゲームだって戦争が描かれるとこはあるかもしれない。だけど『心優しき令嬢の復讐』に限ってはありえない。あの発想が貧困な制作陣に複雑な国家関係とか考えられるはずもないし、前作の隠れ攻略対象であるダイ様が死ぬ鬱展開なんてありえない。テンプレ展開で安心して気軽にできるとこが『心優しき令嬢の復讐』の一番いいところで、そこが評価されていたのだ。現代人にはそんなゲームも必要だ。
私にこんな嫌がらせをする者、私が転生者だと知っている者、それが誰かなんてちょっと考えればすぐに分かることだ。
まあ、嫌がらせなんて上手くいって相手が困っていると分かれば、だんだん興味がなくなるし、逆に上手くいかなければ意地になってしまう。そういうものだ。嫌がらせが上手くいっていると聞けばあいつも満足するだろう。そして、いつも自分のことを思ってくれているエルサに目が向くかもしれない。
よく見れば、エルサは可愛らしい。それに童顔なのにスタイルもいい。いかにもあのタイプの男に好かれそうだ。
しかもあいつにこんなにも献身的に尽くしているのだ・・・。




