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3-5(俺と侍女).

 

 俺はゲナウ帝国のデナウ王国との国境に近い街にある宿屋の一室でエルサに会った。


 エルサとはエカテリーナとダイカルトの結婚披露パーティーで会った。俺を担当する侍女として帝国が用意したのがエルサだ。俺はエカテリーナの父であるボルジア侯爵に同行してパーティーに参加したのだが、特に専属の侍女などは連れていなかったので助かった。当然、俺としてはパーティーになど参加したくなかったが、今後のことを考えれば俺を気に入っているボルジア侯爵が、帝国を知っておくのは俺のためになると誘ってくれたのを断ることはできなかった。我ながら優柔不断で計算高い。


 あんなことがあったのに・・・。


「アレクセイ様、エカテリーナ様は毎日こっそりわたしのことを観察しています。とっても不安そうにしています。それに、他の侍女に命じて私に嫌がらせをしているようなのです」


 俺はエルサの言葉に頷く。


「そうか。エルサ大変だったね。嫌がらせは大丈夫だったのかい?」

「はい。大したことはありません。それにわたしは王妃様には気に入られているんです」

「そうか。それならいいんだが」

「最近のエカテリーナ様は顔色も悪くてとても神経質になっています」


 そうか、そうか。これで少しは俺の気も晴れるというものだ。こうなるのは予想通りだ・・・。やっぱりエカテリーナはゲームの強制力を気にしている。


「エルサ、よくやってくれた」


 俺がエルサを褒めると、エルサはすかさず甘えるように俺に寄り添い豊かな胸を押し付けてきた。


 これで、俺と同じ転生者であるらしいあの女にちょっとした意趣返しができた。転生者なら人生をループしているというエルサの話に乗ってくると思っていた。何より転生者であるあいつが恐れているのはゲームの強制力のはずだ。乙女ゲーム『心優しき令嬢の復讐』ではエカテリーナがゲナウ帝国の王子と結婚することにはなっていなかったのだから・・・。それどころか修道院送りになるはずだったのだ。 

 

 今回の反応からしてあいつは『心優しき令嬢の復讐』の続編を知らない可能性が高い。続編が出る前に転生したのか、そもそも続編はやってないのか、どっちかなのだろう。その点、俺はいやいや妹に付き合わされて続編のこともよく知っている。確か美月が死んでまだ3ヶ月も経っていない頃だったのに、あの妹ときたら・・・。いやいや、今妹のことはどうでもいい。

 続編の舞台がマルマイン王国で聖女が出現するのも本当だが、戦争なんて描かれない。続編の主人公は聖女であり、マルマイン王国の魔術学園を舞台に攻略対象との恋が描かれる。あいつと同じような悪役令嬢も登場する。聖女が登場する以外は第一作とほとんど同じような話だ。何の工夫もない。『心優しき令嬢の復讐』の制作陣らしい。


 妹も美月も何であんなゲームにあれほどハマっていたのだろう? 


 聖女の有能さを示すために魔物だか魔獣だかが現れるちょっとしたイベントはあるが、それだけだ。そうそう、姫騎士のセリアが剣や槍の臨時講師として登場する。聖女であるヒロインの年上のライバルだ。


 とにかく、エルサのおかげで今回の作戦は成功した。


 どこの誰かは知らないが、あの女が転生者で、この世界がゲームの世界だと知っているのなら、これからも常にゲームの強制力を気にして生きていかなければならない。もう、あの女に安らかに眠れる日々は決して訪れないだろう。


 ざまあみろだ!

 

「アレクセイ様、そろそろ帝都に帰らないとです。お休みは3日だけなので」

「そうだったな」


 俺はエルサの肩を抱いて宿の外まで送る。エルサは今回の件の功労者だ。


 エルサは宿屋に預けていた白毛馬の手綱を取ると慣れた様子で跨った。エルサは草原の多い地域の出身で小さい頃から乗馬には慣れていて運動神経が良い。それに本当によく俺に尽くしてくれる。その上、優しくて頭も良いときているのだから文句のつけようがない。 


「アレクセイ様、それでは行って参ります」

「うん。エルサも気をつけてな。またエカテリーナのことを報告してくれ。だが、危ないことはするなよ」


 俺は優しくエルサに声をかけた。作戦が上手くいったせいか以前より俺の心は穏やだ。それになんだか、エカテリーナにこれ以上嫌がらせをするのもバカバカしくなってきた。もう彼女はこの先ゲームの強制力の呪縛から逃げられないのだから・・・。 


 それよりエルサともっと一緒にいたいような気がしてきた。そうだ、エルサは俺のためによくやってくれている。もう少し大切にしてやらないと・・・。それにエルサはとても可愛らしい。


「はい。ありがとうございます」

「また、近いうちに会おう」


 そうだ、それこそ本当に俺の専属侍女としてギルロイ家に誘ってもいい。うん、それがいいような気がしてきた。帰ったら親父にも相談しとくか・・・。


「それじゃあ、虎次郎、行くよ」


 エルサは愛馬に小さく声を掛けた。何を言ったのか俺には聞こえなかった。俺は白毛の愛馬に乗ったエルサが帝都に向かって去っていくのを、その姿が見えなくなるまで見送った。





★★★





 わたしが前世を思い出したのは3才のときだった。それは突然のことだった。子供によくある高熱を出して寝ていたわたしは、最初は夢だと思った。それが、徐々に明確になり、とうとう日本という国で暮らしていたときの記憶だと認識した。


 そう、わたしは日本で10才のとき交通事故で死んだのだ。一旦手放してしまった愛犬の虎次郎のリードを再び手にしようとして虎次郎と一緒に道路に飛び出してトラックに跳ねられたのだ。おそらく即死だったと思う。トラックの運転手には悪いことをしてしまった。最初に思い出したときは、目の前にトラックが迫ってくる恐怖が蘇ってきて体が硬直した。


 わたしが生まれ変わったのはゲナウ帝国というこの世界一の大国だ。とはいっても、わたしが生まれたのはマルマイン王国との国境に近い北西の草原地帯で馬や羊などを育てることに長けている民族の村だ。田舎ではあるが前世と同じく動物好きに育ったわたしにとっては悪くない環境だった。


 おかげでわたしの一番の特技は乗馬だ。


 本当は日本での知識でなんかもっと凄いことができないかと思ったこともあった。わたしは日本では10才までしか生きなかったけど、なんか前世の知識でお金持ちになったり凄く強くなったりするアニメとかがあるのは知っていた。でも、わたしが10才までの知識しかないのが原因なのか、それとも転生するとき女神様に会ってチート能力とやらを貰わなかったのが原因なのか、今のところわたしが特に注目されたり偉業を成し遂げたということはない。


 だけどと、わたしは思う。


 本当のところは、あんなのはあくまでアニメとかの中の話なのであって、前世が日本人だからといって生きていくのはなかなか大変だというのが真実なのだと思う。だってこの世界の人たちだってみんな一生懸命生きているのだ。日本の知識だけで簡単に成功したりするはずがない。


 でも、日本で生きていたことに全くメリットがなかったわけでもない。


 10才までとはいえ日本で教育を受けた記憶があるわたしは、地元の子供たちが通う日本でいえば小学校のような場所でその優秀さが認められ、なんと王宮で働く侍女になることができたのだ。その学校で教鞭を取っていた女性教師が元王宮の侍女で結構位も高い人だったらしい。わたしが王宮の侍女に推薦されたときには両親はとても喜んでくれた。前世では10才で死んでしまったのであまり親孝行はできなかった。だからというわけでもないが、この世界で親孝行できたのは良かった。


 そして、それは親孝行になったというだけでなく、今考えると運命だったのだ。


 わたしには小さい頃から二つの目標があった。一つはたった10才で死んでしまった前世の分までこの世界で幸せになること。そして二つ目は日本で死んだとき、わたしを助けようとして、たぶん一緒に跳ねられた男の人が、もしわたしと同じようにこの世界に転生しているのなら見つけ出してお礼を言うことだ。あの男の人はわたしと虎次郎を助けることはできなかった。でも命がけで助けようとしてくれたのだ。同じトラックに跳ねられたんだから、わたしと同じようにこの世界に転生している可能性だってあると思ったのだ。


 そして、その目標は両方とも叶えられそうだ。


 王宮の侍女となったわたしがこの国の第三王子であるダイカルト様とデナウ王国の侯爵令嬢エカテリーナ様との結婚披露パーティーでアレクセイ様を担当することになったのが転機だった。

 最初に会ったとき、アレクセイ様は心ここにあらずといったふうだった。わたしは、何で結婚披露パーティーでこんなに暗い顔をしているんだろうと思ったものだ。パーティーでお酒を飲み過ぎたアレクセイ様はわたしの前でいろいろな話をした。その大半は愚痴のようなものだった。その中にはエカテリーナ様の話もあったような気がする。でも、そんなことはどうでもよかった。


 アレクセイ様が、白い犬とその飼い主の少女と一緒にトラックに轢かれてこの世界に転生したと口走ったからだ!


 アレクセイ様こそわたしが探していた人だったのだ。以来わたしは、アレクセイ様のためならなんでもしてあげようと心に決めている。


「その後、アレクセイの様子はどうですか?」


 そうわたしに訊いたのはこの国の第三王子の奥様のエカテリーナ様だ。わたしは今エカテリーナ様に呼ばれて、エカテリーナ様の私室にいる。エカテリーナ様はわたしと同じ転生者で、なんと悪役令嬢だ。わたしはエカテリーナ様に教えられてこの世界が乙女ゲームの世界だと知った。わたしはそのゲーム『心優しき令嬢の復讐』のことは知らない。そんなわたしがなぜこの世界に生まれ変わったのか。今では、その理由がなんとなく分かっている。たぶんわたしは巻き込まれたのだ。アレクセイ様に・・・。


「はい。最近ではエカテリーナ様のことは、あまり気にしていないようです」

「それは何よりだわ」


 エカテリーナ様は当然といった様子で頷いた。


 実際、最近ではわたしがエカテリーナー様のことを報告してもアレクセイ様はあまり熱心に聞いていない。わたしが引き続きエカテリーナ様は憂鬱そうな顔をして何か考え込んでいることが多いと報告しても「そうか」と言って頷くだけだ。

 わたしは、エカテリーナ様とアレクセイ様の間になにがあったのか詳しくは知らない。それでも、アレクセイ様がなんらかの理由でエカテリーナ様を恨んでいることはわかる。アレクセイ様が私にやらせようとしたのは、エカテリーナ様にゲームの強制力とやらを意識させて、エカテリーナ様を不安にさせることだったのだ。


 でも、エカテリーナ様のほうが一枚上手だった。


 アレクセイ様のほうもこれ以上なにかをする気もなかったのだろう。計画がうまくいってそれで満足している。それでも、わたしのうぬぼれでなければ、アレクセイ様は、わたしが定期的に報告に来るのを楽しみにしてくれている。


「それと・・・」

「それと?」

「はい。前回会ったときにデナウ王国のアレクセイ様の御屋敷で働かないかと誘われました」

「そう、ギルロイ伯爵家に・・・」


 前回の報告のとき、わたしがエカテリーナ様の様子を説明していると「それよりも俺のところに来ないか」と誘われたのだ。


 実はこれもエカテリーナ様の予想通りだ。 


「それは、良かったわね」


 エカテリーナ様はわたしにニッコリと微笑んでくれた。アレクセイ様に俺のところへ来いと言って誘われたときはとても嬉しかった。顔が赤くなり体が熱くなるのが自分でも分かった。


「はい。でも、わたしは王妃様に気に入られています。それにわたしを王宮に推薦してくださった方にも恩があるのです」

 エカテリーナ様は頷くと「エルサはよく気がつく良い子ね」と言って「義母おかあさまには私が上手く説明しておきましょう。そのエルサが恩があるという方にもね。エルサが遠慮なくアレクセイのところへ行けるように取り計らうわ。エルサは何も心配せず私に任せておきなさい」と続けた。


 エカテリーナ様がそう言うのなら安心だ。エカテリーナ様はとても頭がいい上に、その旦那様も帝国一の切れ者と噂される第三王子ダイカルト様だ。おまけにエカテリーナ様とダイカルト様は傍で見ていても恥ずかしくなるくらいに仲睦まじいのだ。


「ありがとうございます」


 わたしがお礼を言うとエカテリーナ様は「エルサ、幸せにね」と微笑んでくれた。やっぱりエカテリーナ様は優しい方だ。自分に嫌がらせをしようとしていたアレクセイ様に復讐するわけでもなく、むしろわたしとアレクセイ様が幸せになるように取り計らおうとしてくれている。


 いや、わたしとアレクセイ様だけではない。


 あれから、オルランド侯爵家のリーゼロッテ様は、宰相様の下でますます官吏としての勉強に励んでいる。最初、わたしはエカテリーナ様に言われたことが原因で仕方なくやっているのだろうと思っていた。だけど、リーゼロッテ様の表情は以前の思い詰めた様子から打って変わって明るくなり話しかけやすくなったともっぱらの評判だ。その上以前にも増して勉強に取り組んでいるのだ。本気で女性初の宰相を目指しているとの噂だ。わたしが思うにリーゼロッテ様は一所懸命勉強する理由が欲しかったのだ。そして、これもエカテリーナ様の計画通りなのだと思う。


 一体、エカテリーナ様のどこが悪役令嬢なのだろうか?


 部屋を辞去しようとするわたしにエカテリーナ様はもう一度「エルサの幸せを祈っているわ」と言った。


「まあ、アレクセイもね・・・」


 最期にエカテリーナ様が何か呟いたけど、よく聞こえなかった。

 これで第三幕は終わりです。少しは驚いてもらえましたか? 第一幕に比べるとオチの後が長かったかもしれませんね。次に繋げるために必要でした。第四幕は短編にはなかったエピソード(中編)になります。

 よかったら、ブックマークや下記の「☆☆☆☆☆」から評価してもらえるとうれしいです。

 また、忌憚のないご意見や感想をお待ちしてします。読者の反応が一番の励みです。

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