3-4(悪役令嬢と侍女と・・・).
「さて、やっと二人きりになれたわね、エルサ。私、エルサにお願いしたいことがあるの」
エルサは私の言葉に身構えた。
「エカテリーナ様、お願いしたいことって?」
「それはね。エルサの後ろで糸を引いている人にね、計画は上手くいっていますって伝えといてほしいの。エカテリーナは毎日憂鬱そうですって、そう伝えてね。そのほうがエルサにも都合がいいでしょう。こんなことするなんてエルサはその人が好きなんでしょう。エルサとその人が幸せになれるのを祈っているわ」
「エカテリーナ様はすべてお見通しだったのですね」
「さあ、すべてかどうかは分からないわ」
実際、私は『心優しき令嬢の復讐』の続編のことは知らない。その後、私はエルサに対して、もう少し細かく指示をした。予想通り、それはエルサにとっても悪い話ではなかったようでエルサは反論することなく頷いた。
エルサに対してはこんなとこでいいだろう。
そもそも乙女ゲームの中で戦争で大量の人が死ぬとかが描かれるはずがない。いや、乙女ゲームだって戦争が描かれるとこはあるかもしれない。だけど『心優しき令嬢の復讐』に限ってはありえない。あの発想が貧困な制作陣に複雑な国家関係とか考えられるはずもないし、前作の隠れ攻略対象であるダイ様が死ぬ鬱展開なんてありえない。テンプレ展開で安心して気軽にできるとこが『心優しき令嬢の復讐』の一番いいところで、そこが評価されていたのだ。現代人にはそんなゲームも必要だ。
私にこんな嫌がらせをする者、私が転生者だと知っている者、それが誰かなんてちょっと考えればすぐに分かることだ。
まあ、嫌がらせなんて上手くいって相手が困っていると分かれば、だんだん興味がなくなるし、逆に上手くいかなければ意地になってしまう。そういうものだ。嫌がらせが上手くいっていると聞けばあいつも満足するだろう。そして、いつも自分のことを思ってくれているエルサに目が向くかもしれない。
よく見れば、エルサは可愛らしい。それに童顔なのにスタイルもいい。いかにもあのタイプの男に好かれそうだ。
しかもあいつにこんなにも献身的に尽くしているのだ・・・。
★★★
俺はゲナウ帝国のデナウ王国との国境に近い街にある宿屋の一室でエルサに会った。
エルサとはエカテリーナとダイカルトの結婚披露パーティーで会った。俺を担当する侍女として帝国が用意したのがエルサだ。俺はエカテリーナの父であるボルジア侯爵に同行してパーティーに参加したのだが、特に専属の侍女などは連れていなかったので助かった。当然、俺としてはパーティーになど参加したくなかったが、今後のことを考えれば俺を気に入っているボルジア侯爵が、帝国を知っておくのは俺のためになると誘ってくれたのを断ることはできなかった。我ながら優柔不断で計算高い。
あんなことがあったのに・・・。
「アレクセイ様、エカテリーナ様は毎日こっそりわたしのことを観察しています。とっても不安そうにしています。それに、他の侍女に命じて私に嫌がらせをしているようなのです」
俺はエルサの言葉に頷く。
「そうか。エルサ大変だったね。嫌がらせは大丈夫だったのかい?」
「はい。大したことはありません。それにわたしは王妃様には気に入られているんです」
「そうか。それならいいんだが」
「最近のエカテリーナ様は顔色も悪くてとても神経質になっています」
そうか、そうか。これで少しは俺の気も晴れるというものだ。こうなるのは予想通りだ・・・。やっぱりエカテリーナはゲームの強制力を気にしている。
「エルサ、よくやってくれた」
俺がエルサを褒めると、エルサはすかさず甘えるように俺に寄り添い豊かな胸を押し付けてきた。
これで、俺と同じ転生者であるらしいあの女にちょっとした意趣返しができた。転生者なら人生をループしているというエルサの話に乗ってくると思っていた。何より転生者であるあいつが恐れているのはゲームの強制力のはずだ。乙女ゲーム『心優しき令嬢の復讐』ではエカテリーナがゲナウ帝国の王子と結婚することにはなっていなかったのだから・・・。それどころか修道院送りになるはずだったのだ。
今回の反応からしてあいつは『心優しき令嬢の復讐』の続編を知らない可能性が高い。続編が出る前に転生したのか、そもそも続編はやってないのか、どっちかなのだろう。その点、俺はいやいや妹に付き合わされて続編のこともよく知っている。確か美月が死んでまだ3ヶ月も経っていない頃だったのに、あの妹ときたら・・・。いやいや、今妹のことはどうでもいい。
続編の舞台がマルマイン王国で聖女が出現するのも本当だが、戦争なんて描かれない。続編の主人公は聖女であり、マルマイン王国の魔術学園を舞台に攻略対象との恋が描かれる。あいつと同じような悪役令嬢も登場する。聖女が登場する以外は第一作とほとんど同じような話だ。何の工夫もない。『心優しき令嬢の復讐』の制作陣らしい。
妹も美月も何であんなゲームにあれほどハマっていたのだろう?
聖女の有能さを示すために魔物だか魔獣だかが現れるちょっとしたイベントはあるが、それだけだ。そうそう、姫騎士のセリアが剣や槍の臨時講師として登場する。聖女であるヒロインの年上のライバルだ。
とにかく、エルサのおかげで今回の作戦は成功した。
どこの誰かは知らないが、あの女が転生者で、この世界がゲームの世界だと知っているのなら、これからも常にゲームの強制力を気にして生きていかなければならない。もう、あの女に安らかに眠れる日々は決して訪れないだろう。
ざまあみろだ!
ハッハッハ、どうだ、俺もなかなかやるもんだろうと俺は心の中で自画自賛した。
「アレクセイ様、そろそろ帝都に帰らないとです。お休みは3日だけなので」
「そうだったな」
俺はエルサの肩を抱いて宿の外まで送る。エルサは今回の件の功労者だ。
エルサは宿屋に預けていた白毛馬の手綱を取ると慣れた様子で跨った。エルサは草原の多い地域の出身で小さい頃から乗馬には慣れていて運動神経が良い。それに本当によく俺に尽くしてくれる。その上、優しくて頭も良いときているのだから文句のつけようがない。
俺とエルサの出会ったエカテリーナとダイカルトの結婚披露パーティーのとき、俺は魂が抜けたような状態だった。あんな仕打ちを受けたのだから当然だ。最初に会ったときから、エルサは元気のない俺のことを心配して気を使ってくれた。心ここにあらずの状態だった俺は、あることないことをエルサに言って甘えたような気がする。もう、何を言ったかも覚えていない。特にパーティーでワインを飲み過ぎてしまったときなど、俺が転生者だとか、これまでのことを口走ったような気さえする。
まあ、聞かれたところでエルサには何のことか分からなかっただろうが・・・。
そしてパーティーの最終日にエルサは、アレクセイ様のためにできることがあったらなんでも言って下さいと真剣な表情で俺に伝えてきた。それが今回の作戦に繋がったのだ。エルサは呑み込みが早かったし、俺の言ったことの意味を深く追求することなく俺の指示に従ってくれた。
「アレクセイ様、それでは行って参ります」
「うん。エルサも気をつけてな。またエカテリーナのことを報告してくれ。だが、危ないことはするなよ」
俺は優しくエルサに声をかけた。作戦が上手くいったせいか以前より俺の心は穏やだ。それになんだか、エカテリーナにこれ以上嫌がらせをするのもバカバカしくなってきた。もう彼女はこの先ゲームの強制力の呪縛から逃げられないのだから・・・。
それよりエルサともっと一緒にいたいような気がしてきた。そうだ、エルサは俺のためによくやってくれている。もう少し大切にしてやらないと・・・。それにエルサはとても可愛らしい。
「はい。ありがとうございます」
「また、近いうちに会おう」
そうだ、それこそ本当に俺の専属侍女としてギルロイ家に誘ってもいい。うん、それがいいような気がしてきた。帰ったら親父にも相談しとくか・・・。
「それじゃあ、虎次郎、行くよ」
エルサは愛馬に小さく声を掛けた。何を言ったのか俺には聞こえなかった。俺は白毛の愛馬に乗ったエルサが帝都に向かって去っていくのを、その姿が見えなくなるまで見送った。
ここまでが短編の第三話に当たる部分です。この後新たに付け加えた「エピローグ」を今日中に投稿します。




