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3-2(聖女の顕現).

 私は、少し離れた植え込みの陰からエルサを観察していた。エルサは王宮の中庭にある井戸のそばで同僚らしい侍女と何か話をしている。私は集中して聞き耳を立てる。


 未来が分かるとか、ダイカルト様と結婚するのは自分のはずだったなどと言い出してから、エルサは侍女たちの間で孤立したり虐められていると聞いていのだが、まだこうやって話をする同僚もいるようだ。


「エルサ、ダイカルト様と結婚することになっていたなんて嘘をついてはダメよ」

「嘘じゃないわ。ダイカルト様は私と結婚することになっていたはずなのに。あんなよその国から来た評判の悪い人となんて。おかしいわ!」


 エルサはぷんぷんと怒って反論している。


「でも、エカテリーナ様は、評判と違って全然悪い人じゃないじゃない」


 侍女のエルサがダイカルト様と結婚だなんて普通はありえない。物語の世界でなら、帝国の第三王子と侍女との道ならぬ恋なんていうものがあってもおかしくはないけれど・・・。


「とにかく、わたしはダイカルト様と結婚するはずだったのよ」


 なおも、エルサが言い張る。


「エルサ、そんなことを言うのは止めなさいって言ってるでしょう。また虐められるわよ。こないだは王妃様にも注意されたんでしょう?」

「そ、それは、そうなんだけど」


 エルサの大きな目から涙が零れた。エルサは比較的王妃様から可愛がられている。それでも今回の発言はさすがに注意されたようだ。


「本当なのに、誰も信じてくれない・・・」


 やっぱりエルサは本気で信じているように見える。でも、すでにダイカルト様は・・・。


「そうだ! いいことを教えてあげるわ、ジリ」

「いいこと?」

「もう少ししたら、マルマイン王国に聖女様が現れるの」

「もう、エルサったら、こないだもそんなことを言っていたわよね。あらゆるものを癒やす力を持っているっていう伝説の聖女が現れるとか?」


 伝説の聖女は英雄アルベルトを助けて大アトラス帝国を築いたのだ。神獣フェンリルを従えていたなんて話もある。


「そうよ。マルマイン王国は、マルマイン王国を我が物にしようとするゲナウ帝国を聖女様と姫騎士セリア様の力で・・・。これ以上は言えないわ。わたし、殺されちゃうもの。わたしってね、ダイカルト様と結婚してわりとすぐ死んじゃったの。ダイカルト様も・・・。今度はそうならないようにアドヴァイスしてあげようと思ってたのに、ダイカルト様は突然エカテリーナ様と結婚しちゃうし、わたしどうしたらいいのか分からなくて」


 エルサは泣き出してしまった。 


 今エルサは、なんて・・・。帝国も・・・ダイカルト様も・・・。そんなバカな。私は、そんなことはあり得ないと自分に言い聞かせつつも心が冷たくなるのを感じた。だけど、いくらなんでも聖女様なんて、あまりにも荒唐無稽だ。でも、それだけに聖女様の顕現なんて、エルサが想像で思いつくようなことだろうか? なんだか、嫌な予感がする。いやいや、いくらなんでもそんな馬鹿なことがあるはずがない。一人で考えていると悪い想像ばかりしてしまう。


 でも、もし本当にエルサに未来が分かるとしたら・・・。聖女様がマルマイン王国に現れたらどうすれば・・・。


 いえ、落ち着くのよ。エルサの言っていることが本当であるはずがない。あー、さっきから堂々巡りになっている。どうも私はダイカルト様のことになると冷静さを欠いてしまう。


「エルサ、どうしたらって、どうもする必要ないでしょう。仮に戦争が起こったとしても、あなたも私もただの侍女なんだから」

「そんなことないわ。ゲームには強制力があるのよ。きっとダイカルト様はわたしのものになる。そして、また二人とも・・・」

「もう、エルサったら、何をわけの分からないことを言っているの?」

 

 私はそこまで盗み聞きしたところで、その場をそっと離れた。




★★★





「カイル様、聖女様はどうやら本物のようです」


 聖女が発見されたという報せを聞いてセリアは王都まで行って聖女を見て帰ってきたところなのだ。セリアの母は王家の血を引いている。それにアルストン辺境伯はマルマイン王国有数の貴族であり一番の武闘派だ。そのセリアが聖女のことを確認するため王都に出向むくのは自然なことだ。その結果、聖女は本物だと、セリアはそう言っているのだ。


「セリア、まさか・・・」


 セリアの報告にカイルベルトは言葉をつまらせた。


「カイル様、もしかして私がまた駆け引きをしていると思っているのでは?」


 セリアがちょっと怒ったような口調で言った。


「い、いや、セリア・・・僕は決して・・・」


 セリアはカイルベルトの慌てた様子に、ちょっと笑うと「冗談で言ったのに、カイル様がそんなに動揺するなんて思いませんでしたわ」と拗ねたように言うと、カイルベルトに身を寄せた。


 そして少し小声で「でも、無理もありません。私、あんな形でカイル様を」と言って少し項垂れた。


 カイルベルトはそんなセリアを見て、ふーっとため息ついた。結局、カイルベルトはセリアには勝てないのだ。


「すまない、セリア。聖女様が本物であれば、マルマイン王国の大きな武器になる。なんせ、古の言い伝えでは聖女様の協力を得たアトラス王国の英雄アルベルトが大陸全土を支配するアトラス大帝国を作り上げたんだからね」

「ええ、ですから聖女様が本物であればカイルベルト様の母国であるゲナウ帝国も簡単には我が国に手を出せなくなります」

「しかもマルマイン王国には姫騎士だっているんだからね」


 カイルベルトはそう言ってセリアを引き寄せた。


 すっぽりとカイルベルトの両手に収まったセリアは、ほんの少しだけカイルベルトより背が低い。カイルベルトはセリアに対して愛おしさが込み上げてくるのを抑えることができなかった。最初にセリアを見たとき、なぜ女性にしては少しガッチリしすぎているなんて思ったのだろう。セリアはこんなにも可愛らしいのに。


 セリアは顔を赤くしながら「カイル様、さっきも言ったように私が見てきたところでは聖女様は本物です。でも、万物を癒やすという聖女様の力がどの程度のものなのかは、まだ分かりません。私が見たのは私が腕につけた傷を治療するところだけですから。それでも聖女様が不思議な力を持っていることは間違いありません」と言った。

「なんだって、セリア、腕に傷をつけるなんて・・・」

「カイル様、大丈夫ですわ。大した傷ではありませんし、ほら、聖女様の魔法でこの通りきれいに治っていいます」

「いや、それだって・・・」

「もう、カイル様は心配性ですね。それより聖女様のことです。不思議な力を持っていることは間違いないのですが、ちょっと気になることもあるのです」


 その後、カイルベルトはセリアから聖女伝説についていろいろと聞かされた。言い伝えでは聖女は戦場で傷ついた騎士たちを次々と癒して勝利に導いたと言われている。確かにそんなことができるのなら勝利の女神と言っても過言ではない。


「セリア、そんなことを僕に話して大丈夫なのかい? 聖女様の力がどの程度のものか、まだはっきりしないとしても、ゲナウ帝国、特に父上にとっては面白くない話だ」

「大丈夫に決まっていますわ。カイル様は私の愛する夫ですもの。私もお父様もマルマイン王国が帝国の傘下になることは望んでいません。ですが、その逆だって望んでいないのです。ですからカイル様がゲナウ帝国にこの話を報告してもかまいませんわ」

「いいのかい?」


 カイルベルトはセリアの目を見た。


「カイル様、また私の本心を確かめようとしてますね? あんなことがあったのだから無理もありませんけど、私、ちょっと寂しいですわ」


 セリアがちょっと拗ねたように言った。


 それを見たカイルベルトは、僕は、やっぱりセリアには勝てないなと思った。そう思いながらカイルベルトはとても幸せだ。


 カイルベルトは突然セリアを横抱きにした。


「ちょっと、カイル様」

「夫をからかってばかりいる妻へのちょっとしたお仕置きだ」と言ってセリアを抱いたまま寝室に向かった。


 セリアは、私は重いですから、とかなんとか言って抵抗していたが、カイルベルトには本気で嫌がっているようには見えなかった。

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