石じじいの話・田舎のロダン
これは、内容から、じじい本人の経験談ではないと思いますが、本人の話の可能性がないわけではないでしょう。
ここでは、じじいが、ある男性(文中の「男の子=語り手」)から聞いた話として紹介します。
石じじいの話です。
ある町に、人形作りの職人がいました。
雛人形のような、ちいさな人形を作るのではありません。
「生人形」と呼ばれる、等身大の人形を作っていました。*1
木で骨格をつくり、そのまわりに細い竹を編んで、肉付けをしました。
さらに、その上に紙や布を何重にも貼り付けて、粘土も盛って、リアルな肉体を作り上げました。
服から露出する部分、たとえば、顔、腕、手などは、とくに念入りに作られていて、皮膚の質感や毛穴、筋肉の動きまでリアルに再現されていたそうです。
その職人は、服で隠れた部分も妥協しないで仕上げていました。
もちろん、色も塗りました。
髪の毛もリアルで、実物を使っているという噂もありましたが、実際は、作り物だったようです。
その職人は、老若男女の生人形を作りました。
もちろん、赤ん坊や子供の人形も、とてもリアルだったそうです。
作品のモチーフはさまざまで、注文に応じて自由に作りました。
「赤穂浪士討ち入り」は、非常な大作で、大好評だったそうです。
「小栗判官・照手姫」や「娘道成寺」のお姫様の人形は、かなり妖艶であり、観客の男性たちの熱い視線を集めました。*2
その職人は、阿弥陀如来像を作ったこともありました。
これは、寺からの注文ではなく、何かの催し物のために作られたのですが、それが、ものすごく艶っぽいのです。
仏像として見に来た人々に動揺が走りました。
とくに、男性に。
「これは、仏像ではない何かだが、とはいえ、芸術とも言えない」と、ある美術家が評したそうです。
その姿は、見ている者の心に煩悩が生まれてしまうものだったのです。
「自分の子供に見せたくない」と、クレームをつける母親たちもいたそうです。
おとうさんたちは、大喜びでしたが。
人形の出品料(謝礼)が、その職人には入りました。
その作品目当てに人がたくさん来るのですから、謝礼が高額なのは当然です。
また、出品した人形を買いとってくれる人もいました。
わざわざ、人形を注文する人もいました。
そんなことでしたから、職人の家は裕福でした。
菊の季節には、菊人形も作っていて、それがまたすばらしいものだったそうです。
この話の語り手の男の子(または、じじい本人)と同じ小学校には、その職人の娘も通っていました。
ある時、その女の子をモデルにして、父親(職人)が、人形を作っていたそうです。
その男の子が、女の子にたのみこんで、彼女の家に行ってみると、そこは、アトリエというよりも、工場のような作業場でした。
そこで制作されていたのは、彼女の全裸像だったのです。
上記のようなつくりの人形ではなく、本格的な塑像でした。
全裸像は、本人そっくりで、その女の子は、とても恥ずかしがっていました。
その男の子、大喜び!
まだ、制作の途中で、粘土の状態でしたが、それは、学校の図工の授業で写真を見せてもらった「ロダンの作品」のようだったそうです。
さすがに、その女の子がモデルになっている、制作中の場面は、見せてもらえなかったそうです。
とうぜんでしょう!
脚の部分は、まだ筋肉の状態で皮膚は仕上がっていませんでした。
その男の子は、人体の筋肉図を見たことはなかったのですが、それも、とてもリアルだと思ったそうです。
「私は、筋肉のことを知っているからね。」と、職人は、自慢そうに語っていました。
しかし、男の子は、おかしなところに気がついたのです。
その像の手が左右逆なのです。
親指の向きが違う。
このことを指摘すると、職人は、バツが悪そうな顔をしましたが、急に真面目な顔になって、「これでいいんだよ!」と語気を強めて言ったそうです。
次の日、彼女は学校を休みました。
数日して、登校してきましたが、彼女は、両手に包帯をしていました。
指は動かせるのですが、鉛筆を持つのがつらそうでした。
数ヶ月で、彼女の手は全快し、後遺症も残りませんでした。
完成した全裸像をみせてもらったとき、その男の子は、純粋に感動しました。
その全裸像は、芸術でした。
ただ、ロダンの作品と異なるのは、非常にリアルで、彩色もほどこしてあったのです。
遠目に見たら、実物の彼女と見まちがうほどでした。
男の子が指摘した、左右の手も、正しい位置になっていました。
彼女は、激しく恥ずかしそうです。
とうぜんでしょう!
この全裸像は、その男の子が見せてもらっただけで、他の人たちの目にさらされることはありませんでした。
その後、「あの像は、どうなったの?」とたずねると、彼女は、「売られたわ」と、あっさりと答えました。
そして、ため息をつきながら「自分が売られなくてよかったわ」と。
その像は、写真屋さんが写真を撮ったので、写真は、家に残っているということでした。
その写真は、今でもあるのでしょうか?*3
「これは、ひいおばあちゃんの子供の頃のすがただよ」と言いながら、ひ孫に、お孫さんたちが見せているのかもしれません。
その、ひ孫、大丈夫か?
いいのか?これ?
*1 稲川淳二の怪談、「生き人形」の表題は、この江戸時代・明治時代に流行った「生人形」からとられたのかもしれません。
*2 桃太郎や金太郎も作ったので、動物の人形も作ったのですが、犬や猫、猿、鳥など、どれも良いできだったそうです。
それらの毛や羽根もリアルだったので、本当のものをつかったのではないか、といううわさもあったのですが、どうも実物ではなかったようです。
*3 この写真、見てみたいですね。
「人形」といえば、石じじいの話で、乞食の娘が、母親と一緒に人形になりたいと思って、「人形液」を飲むというのがありました。
「石じじいの話・引用:人形液」




