二十九話 【バジルの出張】
冒険者ギルドクリーク支部の支部長室。
そこには一人の男が自分の仕事を片付けていた。
「まったく、何が『お・し・ご・と』だ!」
彼の言葉にルーシーが反応する。
「何か言いました?」
「な、なんでも無いぞ!」
あぶない。あぶない。
とバジルは思う。
2人は30日後に結婚式を控えていた。
久しぶりに驚く出来事があったというのに、その後に机の山を片付ける事になったから少し不機嫌になっているだけだ。
ルーシーにも悪気は無いが、溜まっていく書類を見過ごすわけにはいかない。
それが彼のテンションを落としていた。
日が暮れる頃になると、ルーシーが、部屋へ入って来た。
「書類ならあと少しだぞ!」
彼女は机の山に目を向ける。
「・・・全然終わってないじゃないですか・・・」
「すぐ終わるさ。それで、来た目的は何かな?ルーシーちゃん?」
「バジルさん・・・コホン。マスターったら辞めてください。仕事中ですよ!それに、重要なんでしょう?」
なんだ?と思い、彼女が手に持っている封筒に目をやる。
「なっ!?」
それは先日と同じ赤い封筒、緊急速達便だった。
2通も来るのはそう滅多にない。
受け取り、開封して中身を読む。
「何かあったのですか?」
「あ、ああ。今すぐ帝都へ行かなきゃならん」
「え?どういう事ですか!?」
ここクリークから帝都までは馬で3日、帝都に入ってから宮殿まで馬を飛ばして半日から1日かかる。
増して記念日は街が人でごった返している。
人混みの中を通るとして1日・・・
最低でも4日は必要だな・・・
「馬ですね?すぐ用意しますね!」
馬の手配をしようとしたルーシーを止める。
「待ってくれ、馬じゃなくてだな、ほら、あれだ。魔獣を使う」
魔獣は周囲の魔力にさらされて、動物が突然変異した生き物だ。
運動能力も知識も普通の魔物に比べて段違いで賢い。
「ダメです!あんな危険なーーっ!」
ルーシーの声を遮るように言う。
「頼む!それに、前も言ったが、魔獣は魔物とは違うから大丈夫だ」
魔物の生態は未だによく知られていない。
しかし、魔獣については最近明らかになった。
動物が魔獣と化す過程はすごくシンプルで、簡単に言ったら、動物が<身体強化>を使えるようになった感じだ。
人が<身体強化>を使う時と違う点は、周りの魔力環境の影響を受けて突然変異してしまうのと、それが筋肉や角、牙といった形で現れることもあるということだ。
まあ、人もやろうと思えばできるが、膨大な魔力、高度な魔法、術者が必要だ。
魔物化してしまえば力は強いが、魔人になってしまう。
魔獣の姿は決して可愛いものではない。が、例えば飼っていた愛犬が突然変異したからと言って、主人を裏切るような事はないのだ。
まれに姿が変わらぬまま力量が上がったと言う例もある。
「でもっ!」
彼女は魔獣の姿が恐ろしいのだろう。
しかし仕事と言えば話は変わるだろう。
「ルーシー。俺はギルドマスターとして頼んでいるんだ」
これは皇帝からの出頭命令なのだ。
「・・・分かりました。すぐに準備して来ます」
「他の奴らには、出張とでも伝えてくれ」
言いたいことが伝わったのか、ルーシーはコクっと頷くとすぐに魔獣を手配する準備を始めた。
部屋に一人残ったバジルは呟く。
「無茶して4日かかる距離をどう縮められるか。ショウ、お前ならなんて答えただろうか・・・?」
速達便の内容を見て考える。
『バジル・ジェルバート 殿。貴殿に帝国軍指揮官の位を授ける。直ちに皇宮へ出頭せよ』
いないのだから仕方ないと言った風な仕草を見せ、部屋を後にした。
彼にとってのこの2通目は、彼の軍への復帰を確信させるものであった。




