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春風に香る夢  作者: 蒼未来
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一人の男の過去

俺は、今日もいつもの喫茶店に来ていた。しかし「いつも」と違い視線は女性を捉えてはいなかった。ナンパをしようといつも通り来たものの出来ないでいる。俺はテーブルの模様をじっと見つめ考え事に耽っていた。あんな走を目にしたのは初めてのことだ。走とは中学生からの付き合いでお互いによく知っている間柄だとばかり思っていたが、今回の走の言動は今までの走のものと対極のようで、これまでの付き合いで形作られた走の型はバラバラに壊され、対処法がまるで見えない。いつもの俺なら考えることをやめる所だったがどうしてかそれも出来ないでいた。走と出会ってから過ごした長い年月は思っていたより強力で気付かないうちに走に始めているのかもしれない。頭にこびり付く走の言葉に蓋をするようにラテを飲んだ。コーヒーはブラックしか飲まないと決めていた俺は今日もいつもと同じようにブラックを頼もうとした。しかし、頭は走の事で悲鳴をあげているらしく苦味を拒絶し甘みを求めた。

甘い。種類も豊富にあるのだから、たまには他の種類を飲んでみてもいいかもしれないなどと考えた五分前の選択を後悔する。甘い飲み物を一気に飲み干すと店を出て、すぐに自動販売機にお金を投入。ブラックコーヒーを購入する。目の前にカフェがあるのにわざわざここでコーヒーを買う奴があるかとよく思っていたが、なるほどこういった買い方があったか。プルタブを押し込み起こす。すると僅かにコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。その仄かな香りを楽しみつつ口に含む。ラテよりかなり安いはずのそのコーヒーは先程と違い体に染み込み馴染んでいった。

「俺だって.....」あまりにも小さなその独り言は大都会の大音量にかき消される。俺は自動販売機のロゴを見ながら後に続く言葉を流し込むように缶を傾けた。


剛の両親は剛が物心のつく前に離婚。母が女手一つで育てた。母親は昼も夜も働きっぱなしで幼い時の記憶は一人で遊んでいるものばかりである。それでも剛は母親が大好きでそんな母親の姿を不満に思ったことは無かった。けれども近所の人間はそうでは無かったようで一人で遊ぶ俺を見ながらヒソヒソと何か話していた。そんなある日、確か走と知り合う二年ほど前だっただろうか。母親が倒れた。小学校を早退し病院に行くと沢山の管が繋がれた母親が病室で横になっていた。それを目にした俺は無知ながら母がもう永くは無いことを悟った。そして同時にやり場の無い怒りがふつふつと込み上げるのを自覚していた。あの怒りの矛先は誰に向けられたものだったのだろう。離婚を機に離れていった父親か?ただヒソヒソと陰口を叩いていた近所の人間か?もしくは自分自身に対してか?怒りに震える拳に涙が落ちる。次々と零れる涙も心を癒してはくれなかった。

陽が沈み、涙が枯れた頃、母親は亡くなった。二日後に行われた通夜には沢山の人が来た。それは担任の先生だったり、母親の仕事先の人だったり、近所の人だったりした。沢山の、沢山の人が来たはずなのに当時の俺には皆同じに見えた。「母親を助けてくれなかった人達」

これを母親に伝えたら人のせいにするなと怒られ

るだろうか。しかし当時の僕の背中は母親の死という大きな出来事を背負うには小さ過ぎた。

母親を助けてくれなかった人達は口を揃えて「残念だ」と言った。「ガンバレ」とも言った。僕はその誰とも目を合わせることなくただ母親のいる方を見つめていた。それからというもの俺は女性をよく見るようになった。全ての女性に対してという訳でもない。母親の雰囲気に似た女性を見つけると執拗なまでに目で追ってしまう。意識して見ていたこともあれば、無意味の内に視界に捉え続けていた事もあった。もう会うことの叶わない影を必死に求めるようにー

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