一人の男の嘘
北海道では、「コーヒー」のイントネーションが標準語と違っていて、僕は故郷を離れてからというもの、このイントネーションを恥ずかしく感じ直してしまったのだけど、彼女は直していないようだ。嬉しい偶然に僕はスマホをポケットにしまうとその女性に話しかけた。
「もしかして北海道のご出身ですか?」
「えっ、あっ、はい!よく分かりましたね!」
女性は知らない男からの唐突な質問に驚いた様子を見せながらも笑顔で答える。
「先日テレビで北海道の方言特集をやっていたので…...」
いつからだろう。僕は女性に向ける発言に嘘を含ませるようになっていた。「含ませる」というのは語弊があるかもしれない。それはあくまで「無意識に」であるからである。本当はテレビでなんてやってなかったし知っていたのは僕も北海道出身だったからだけど、それをうまく言葉に変えられない。生まれてからずっとという訳でもなかった。いつからこうなってしまったのか思い出すことは出来ない。今よりずっと小さかった頃、女の子と普通に話していたのは記憶にある。となると、それ以降なのは間違いないだろう。しかし嘘をつくにしても、もう少し自然な嘘が付けないものか。特集でコーヒーのイントネーションを紹介などするだろうか。自分の嘘の下手さに辟易としながらこんな事を考えていると女性の声がして一人会議は唐突に終わりを迎えた。
「そうだったんですね」
僕の嘘を真剣に受け止めた向かいの女性は、その特集を見たかったといわんばかりに悔しそうな表情を作る。すると突然、疑問符の見えそうなくらい不思議そうな顔をして言った。
「注文の時に私、方言で話してました?」
表情と質問の内容に笑いをこらえきれなかった僕を見て、彼女は何が面白いのか分からないと言いたげな表情を作る。それからというもの僕はそんな彼女と時間を忘れる程話し込んだ。不思議と一度も嘘を付くことはなかった。女性と自然に話している自分に驚きを覚えながらも同時に喜びも感じていた。
日が暮れ夜を知らせる街灯があたりを照らす。
空には星が瞬く。
中でも北の空に出た星が一段とその輝きを強くしていた。




