一人の男の出逢い
珈琲店
決して上手くはない字でそう書きなぐるように書かれた看板が目に入る。どうやらカフェのようだ。「珈琲店」という文字に喉の渇きを感じ、廃墟のような珈琲店の異質さに少しばかりの興味を持った僕は恐る恐るドアを開けた。中は十人も座れない程の広さしかないものの、全体として清潔感があり落ち着いた雰囲気を持っている。客足も満席の状態を見るにいいらしく、店のこの繁盛ぶりは外からは想像しえないものであった。
「こちらへどうぞ」
僕はウエイトレスに促されるまま後に付いていくと(ウエイトレスを雇う資金があるのなら外装を何とかしたらどうなのかと思わなくはなかった)ウエイトレスは本を読んでいる女性の横で立ち止まった。
「只今店内が込み合っておりまして相席とさせていただいております。申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げるとどこかへ行ってしまった。普通、相席の場合お互いの了承を取るのが先ではないのか。ここは他の席が空くまで待つべきだろうか。などと考えていると、本を読んでいた女性が顔を上げる。その女性は、肩まで伸ばした黒髪と主張の強過ぎない目元が美しく和風美人を思わせた。
「どうぞ座って下さい。この暑さからか今日はお客さんが多いみたいですね.....いつもは全然いないんですけど」
最後に小声でそう付け足し、いたずらっぽく笑うとその女性は視線を本に戻した。
「すみません」
僕は手短に答えると女性の向かい側に腰を下ろす。
(気まずい)
ゆっくりとした時間が二人の間に流れる。本来この時間の流れがカフェの醍醐味でもあるはずなのだが相席という状況は僕にとって嫌味でしか無かった。
時間を持て余した僕は堪らずスマホを取り出して、意味もなくワードの検索を開始した。検索履歴が三つ溜まったところでウエイトレスが水の入ったコップを持ってくる。
「注文はお決まりですか?」
マニュアル通りのその言葉でまだ注文する物を決めていなかったことに気づいた僕は急いでメニュー表を開くと一番人気らしいメニューを指差す。
「店長自慢のコーヒーを一つ」
「ホットとアイスどちらになさいますか?」
「ホットで」
僕は頭でウエイトレスの定型文を反芻しながらメニュー表を戻し再びスマホに視線を落とした。「ホットとアイスどちらになさいますか」
この問いは僕にとって愚問以外の何物でもない。
答えが決まっているからだ。コーヒーはホットに限る。それは、アイスコーヒーとは香りの深みが全く違うからだ。香りがコーヒーの命だと考える僕は、例え夏でもホットコーヒー以外飲まないと決めている。
「注文はお決まりですか?」
本を読む女性にウエイトレスが尋ねているらしい。
「アメリカンコーヒーのホットで」
彼女の注文を聞いて、僕は顔を上げた。彼女の注文は僕をどこか懐かしい気持ちにさせたのだ。それは僕の故郷である北海道の記憶を思い起こさせた。




