一人の男の重荷
三月二十日、この日は前日の強風が嘘のように弱く静かでほとんど感じることなく、むしむしとした熱気に街全体が意気消沈としているように感じられた。走も例外ではなく朝から何も手をつけられていなかった。何もしないでいると淀んだ空気が先日の剛とのやり取りを鮮明に思い出させる。僕の相手を探す事など頼んだ覚えは無いし、頼むつもりもない。そもそも、剛が何故あのような行動に出たのか僕は理解出来ずにいた。
剛はどうしてあんな事を?
その疑問は次第に肥大し頭の容量を埋めていく。脳の神経を圧迫し強い動悸が身体を打つ。際限なく肥大し続ける疑問から逃げ出すように僕は家を飛び出した。目の前に突如現れた魔物から逃れたい一心で僕はひたすら走り続けた。
どれくらい走っただろう。
何時間も走ったかもしれないし、数十分しか走ってはいなかったのかもしれない。一つ確かな事、それは人間の定めた時間という概念では計ることの出来ないものであったということ。
いつの間にか陽は傾き、街全体が橙色に輝いている。影はその明るさを嫌い、逃げるようにその長さを伸ばしている。北海道からこっちに出てきてから数年経っているものの日頃の活動範囲の狭さが祟ったか、僕が今いる場所は全く知らない場所である。ここまでの間に、来た道を引き返すことも何度か考えた。しかしその度に待ち構えているかもしれない魔物の存在に怖気付いた。行く宛もなくただ陽の差す方へ歩いていると、目の前に一つのモノが姿を現す。古びた外装を萎れた蔦が覆ったそのモノは、廃墟を思わせるのに充分であったのだが、その雰囲気からかけ離れた派手な色で書かれた「営業中」の文字がそのモノに廃墟というレッテルが貼られるのを拒んでいるように見えた。




