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第十八章 落ち着いた闘い

「面、一本!」


 パーンという鋭い音とともに一撃がヒットした。取ったのは俺だ。マユの気が読めないことに不安だったが、相手の体の体勢で次にどのような動きをするかを読んだ結果だった。


「一本」

「一本」

「面、一本」

「一本」

「一本」


 マユがどのように攻めて来ようと、俺の先読みはそれに優っている。そうだ新宿の時と同じなのだ。てっきり、黄泉が精神的な加勢してくれたせいかと思っていたが、黄泉はここにはいない。俺の実力が上がっているのだ。


 一本、また一本と取られてもマユの表情は一向に崩れない。冷ややかな目つきは一向に緩まない。

 もっともラッシュをかけて来るかと思っていたのだがこうも動かないと逆に気持ち悪い。マユは棒立ちというわけでは無い。攻めてはいるんだが、俺が打ち負かしているのだ。

 マユの面は以前よりも鋭く入って来るが、どれもが浅いのだ。胴ですら位置がずれている。それに防具の位置をずらされて体に当てられた方がたまらないのだが、体さばきで交わしきれているのだ。爺ちゃんに打ち込み稽古で打ち負かしたのはやっぱり偶然じゃなかったんだ。


「どうしたい。さっきの威勢はコケ脅しか」

 この俺を不甲斐ないと言ったマユにお返しをしてやったつもりだが、あいつは眉をピクりとも動かさない。「そんなもの応えないね」とも言ってそうな態度である。これはシカトして逆に俺を怒らせて心を乱し、体勢を崩したところを一気に攻め込む算段なのか。

 いつもなら負け惜しみ的な一言は返すのにそれをせずに鋭い眼光のみ維持させる様子に少々、違和感を感じたが、思わせぶりな態度をとって、俺の隙をつく作戦だと考え、息つく暇なく攻めてやることにした。

 俺はこの数ヶ月間、濃密な修行を重ね、死をも覚悟した修羅場をいくつか抜けて来たのだ。本気の殺気のない剣など恐るに足ろうはずもない。マユが必死に修行してきたことを潰すのはいささか気が引けるが、ここで差を見せつけあっさり負けを認めさせれば、淀みを育てることなく、マユの体から抜けさせることができるのでは無いかと思えてきた。


「朝比奈、アレをやるぞ!」

「待ってました。アレですね」


 付き合いの長い朝比奈にはアレだけで分かる。ヒュンと音がして飛んで来たものを左手で受け取った。そう二刀流だ。試合では殆ど二刀流は使わないが、周囲を見回せばいつになくギャラリーが騒がしくなっている。


 打ち込み試合の時は、割とオープンなのだ。広い場所のほうがいいと、昼過ぎから一時間だけ体育館を貸し切ったので、その間、休憩をしている他の部活の生徒たちが見学に来ているのだ。

 二階の観覧席の鉄柵を見ると生徒会長にして我が稚友達の岩崎霧子の姿も見える。

 そして、そして、体育館を一時間だけ貸してくれた女子バトミントン部の部員が一同に並び、むっちりした二本の生足をはやし、腰に巻かれた白いスカートの中のフリーマーというかショーツというか所謂、見せパンが時折、ちらりと見えて眩しい。

 青春バンザイ、高校生バンザイだ。我が青春に一点の悔い無しである。幸い弓道部は体育館とは反対側の校舎の裏庭に近いところにあるので、澪はこのイベントには気づいていないようだ。


「センパイ、頑張って」


 恭子の声援がいつになく、心地よく聞こえる。感覚が鋭くなってきたのか、恭子のフェロモンをいつもの三倍は感じられる。硬直性プラナリア、マイサンに熱い血潮がみなぎり、厚い生地の袴をも隆起させかねない程に膨張している。マジで俺は恭子が好きなのか。嫌いじゃないが、単にスケベ心で悶々としてるだけだ。思春期の病に過ぎないのだ。


 二刀流で構えた時、マユの目は一瞬曇った。それはそうだろう、マユは二刀流の俺には一度も勝ったことが無いのだから。二刀流は裕次郎兄貴直伝で、こればかりはふざけてやる訳にはいかないからだ。

 兄貴の現状としうなってしまった経緯を知った今はこれまで以上にその思いは強い。俺も本気ということを、マユに知らせねばならない。打ち負かされてなどない、どちらかと言えば優勢状況ではあるが、マユの目は何かを狙っている不気味な雰囲気がかすかにあるのだ。それがコケ脅しか、そうでないかは五分五分だ。勝敗は体力勝負なのだが、息が上がった方が負けだ。こいつは並の男子以上の体力を持っているんだ。勿論、これまで体力勝負でマユには負けたことなど無いのだが、こいつはどんな時も危ういという気を放って来るんだ。ただ、今日の気にはいつもの熱血漢は感じられない。

 さあ、どうするマユ。お前が苦手な二刀流だ。お前は二刀流の俺には試合でも一本入れたことは無いんだぞ。二刀流の俺は本気モードなんだ。俺のたるみが原因でこの状況になったわけだが、その点については謝ることにするが、お前との勝負は別だをお前との勝負を捨てることだけはしたくないんだよ。何せ俺は転校させられちまうし、大学へ進めば、今までみたいにお前と友情を交わしあう機会も減るからなあ。それに、・・・・


 ちょっとした油断ではあった。二刀を構えて、ひと呼吸し、目線をわずか逸らしたときだった。気づけばマユは俺の眼前にいた。鋭い眼は青白い炎をも揺らめかせているかに見えた。

 冷静に考えればありえないことだ。俺は竹刀を構え防御しているのだ。小兵ではないマユがそれを瞬時にかいくぐって懐に入り込むなど不可能なのだ。


『また、会ったな小僧』


 新宿で戦ったチカに憑依した淀み霊が、眼前に迫りくるマユの顔を通して、マユの声でそう言ったように思えた瞬間、俺の体はものすごい風圧のようなものを受けて、後方に飛ばされた。

 マユは体を先にぶつけて来たわけなのだが、そんなものを俺がまともに受けるとはにわかに信じがたかった。そして、ほんのちょっと体が浮き上がった瞬間に、マユは面と突きを連打で浴せたのだ。

 観客目には俺がマユに瞬殺的に打ち込まれて、体を浴びせられ、後方に飛ばされたように見えたことだろう。


「きゃー、早瀬さーん」


 二階から観戦している女子バトミントン部員や他の運動部の女子共が割れんばかりの黄色い声援を上げた。そよ風の悪戯が見せてくれた、性春白い輝きゾーンで半勃ちしたマイサンは一気にしなだれた。

 いったい何が起きたのか、気が動転している訳でないことだけは、自覚がある。マイサンのしなだれなどかっ飛ばすことも起きた。

 飛ばされて床を滑って到達した場所で上を見上げれば恭子の足の付け根のゾーンがまる見えなのだ。少し冷静になってしまうと、何でこんな後方に恭子がいたのだろうか。明らかに先回りして、俺が床を滑って移動する方向に来たとしか思えん。

 それにしてもなんというアワビを覆う布地の皺模様だろうか。これはリアルなもの以上に猥褻である。それにしても、コヤツはいつの間にこんなにもナオンなカラダに成熟していたのか。これは甘味屋なんか行くより、コイツの部屋で頂いた方がよくないだろうか。させない女(澪)より、させる女(恭子)の方がいいだろう。


「センパイ、ラッキーでしたね。ゴリラ倒したら、センパイのモノですよ」

 

 恭子は恥じらいもせず、俺にエロい攻めを仕掛けて来る。本当に頂いてしまいたくなってしまう。

 いつもなら、ここでウシャシャシャシャと言い出すところなんだが、今日に限って自制が出来てしまっている。思いがけず澪を思い浮かべたのだ。たったそれだけで、心が安静になったのだ。頭の中は澪との思い出で埋め尽くされた。本当に急にだ。自分自身も訳がわからないのだ。


 澪と俺は、物心つく前から一緒にいて苦楽を共にというか、支え合ったというか、マサやマユとは全く違う付き合いなんだ。気がつくと家にちょくちょく来て、俺も彼女の家に行っていた。澪の親父さんは、いない時が多かったが、たまの休みには車で軽くドライブに連れて行ってくれていたっけ。どんな顔だったかは覚えていないが控えめで優しい感じの人だった。


 澪は常に俺の傍らにいた。小学校の三年に二十三区へ引越す前までずっとだ。澪はおせっかいに近い世話好きで、ヤキモチ焼きで、お転婆なんだが、暖かくて、色香も満載で、芯が強くて、頑張り屋で一緒にいて心地良いやつなんだよな。そんなあいつを恋人なんて、軽々しく呼んでいいのやら。


 澪の親父さんが亡くなった時のことは、今でも覚えている。俺も小さかったが、澪の深く重い悲しみが今でも忘れられない。どのくらいの惨事だったのか、見返すのも辛くて、未だに人づてに遠回しにしか聞けない。事故の真相も様々な憶測が飛び交い迷宮入り事件として扱われている。親父さんの死体は細切れで、棺には黒い墨クズだけが入っていたというのだから酷すぎる。あの当時の澪は魂が抜けた死人のようだった。十歳にも満たない子供がそんな状況に陥るなんて、世界は残酷だ。

 幼い俺は澪を元気にさせようと、一生懸命頑張った。そして、あいつはすぐに立ち直った。でも、あいつは自分で立ち直ったんだ。俺が立ち直らせた訳じゃないんだ。あいつはそういう奴なんだよな。そういう奴なんだ、


 起き上がった目先にはマユの鋭い突きが襲って来たが、紙一重の差でかわせている。夏場の暑さで足の裏も汗で濡れていてもおかしく無いのだが、発汗もなく、スムーズな体さばきが出来ているのだ。

 それ自体が驚きではなく、当たり前のことに思えている。マユの動きはやはり遅い。止まっているも同然だ。俺は左手の短い竹刀でマユの鋭い打撃をいなして、右手の竹刀で面のど真ん中に打撃を入れてやる。そして、体を浴びせて、今度はマユを後方に飛ばしてやった。あいつも無様には飛んでくれない、回転をきかせて、うまく体をひねり踏みとどまって、すっくと立ち上がる。一見、格好いいように映っているのだろうが、マユを良く知る俺には不自然すぎる動きだと気づく。いつものマユで無いことは確かだ。そこに気づきながらも不思議と動揺もしていない。


「テメー、バカ健児、死ねえ」


 威勢のいいマユ親衛隊と化した女子運動部員たちからの罵声にも動揺しないでいられる。マユは更に異様な目つきとなり、体から靄のような闘気を放ている。マユは確かに何かおかしい。とても危険な感じがする。


 俺はマユを警戒しながらも、マユの攻撃をいなしては、竹刀で面や胴、小手を決めてやり、接近しては体を浴びせてふっ飛ばしてやった。始まって三十分たったが、お互い呼吸が全く乱れていない。俺はともかく、マユは肺でなく皮膚呼吸でもしてるかのように横隔膜の動きも小さい。


 新宿に行く前の晩、辰巳叔父さんもとい音冥寺司令代行は言っていた。マユから淀みを出すタイミングは、淀みが成長しきかける収穫の時に行うのだと。その期日は来年の一月末だ。


 望まない死線を乗り越えて来たのだ。こんな事態など難なく乗り越え、収穫の時まで持ちこたえねばならないのだ。

 県大会も全国大会も普通に行って、いつも通り優勝して、普通に乗り切ってやる。さあ来い、マユ!

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