一
「え、?わたしが、後宮ですか…?」
「そうだ。良い機会だし、試してみないか?」
「ええ?!」
信じられなかった。
働いていた家は、かなりのお金持ち。
でも華 月鈴はお金持ちの「お」の文字も、持ち合わせていない。
自慢できるものといえば、誰にも負けない美貌と計算術くらいか…。
(なんでっ、わたしなんかが後宮の女官なのよっ!!もっと、才気溢れてる、賢い子とか、可愛い子とか、そのほうが皇帝様だって本気出すでしょうが!!)
「ありがたいお言葉ではございますが、後宮にはわたくしめは不釣りでございますわ。ましてや、わたくしめのような者が、後宮に行くだなんて、この天界の…」
「お前は自分の価値が、まったくわかっていないな?」
「わたくしに、価値などとても」
ただ、勉強が取り柄なお金持ちの下働きに価値などあるか?
あるかと聞かれたら、ない。
「旦那様。わたくしめは、後宮ではなく旦那様に恩があるのです。ですからわたくしめは生涯、旦那様の下働きとして、働かせていただきたいです。駄目ですか?」
「駄目だなんて言っていない」
「なら!」
月鈴が仕えているのは、この国で名高い吏部侍郎という、国の官吏。
吏部は人事を司り、ほかの行政部と別格である。
「お前はよくやってくれている。正直、下働きではなく俺の侍女として、もっと働いてもらいたいものだよ」
そう言ってくれたのは嬉しかった。
だからもっと、この人と一緒にいたし、支えたいのだ。
「ありがとうございます。旦那様にそう言っていただけるなんて、嬉しいです…!」
微かに笑う。
「だからこそ、だよ月鈴。今年から皇帝陛下が変わり、もちろん後宮の妃も変わった。俺の上司が困ったことに、吏部の下働きの者で、使えそうな下働きはないかと探しておられた。そこでお前を推薦した」
「へ、へえ」
他人事のように重てしまう自分が、恥ずかしい。
他人事と思ってはいけないのに、思ってしまう。
まだ仕方がないだろうと、思うが。
「なぜ、わたし?」
それを知りたかった。
ほかに優秀な下働きもいる。
吏部侍郎、華 緑縁の元には優秀な者ばかりが集まる。
この人が本気になれば、この天界は一瞬で変わるだろう。
しかも、この人が皇帝になりたいと言ったら、一日でなれてしまう気がしてならない。
そこまで人望がある人。
(だって、この人が声をかけたら、仕事が一瞬で片付く…)
苦笑した。
「うーん、俺が手塩かけて育てたっていうのもあり、それよりも、我が愛しの陛下に変な女官は付けられないからねえ」
「左様で」
「うん。左様で」
この人に、ここまで言わせるなんて今の皇帝は、いったいどういう人なんだ。
「ってことで、行こっか?」
「これ、逆らったらどうなります?」
「逆らったら…?俺の人生で正直、後宮の女官になりたくなーい、って言う人はいなかったからね。でも逆らったら、天界追放くらいは軽くされるんじゃないかい?」
笑顔で、脅された。
普段は淡々と笑っている人が、怒ったら怖い。
「かしこまりました。最善を尽くします」
「頼みましたよ、月鈴」
でも決して、野放しにはしない。
だからこそこの人に、緑縁についていこうという人が多いのかも知れないのだ。
「それで、教育…、なんてことはあるのですか?」
「当たり前でしょう。あなたは学問には長けているが、礼儀作法…、の方は…」
…失礼な人だ。
でも緑縁の言ってることはおかしいことではない。
自分は学問専門侍女であり、礼儀作法にはとんと駄目。
学問専門の侍女とは、おかしな。
「そのことは痛いくらい知っていますが、具体的に…どうすればいいんですか?」
「そうだね。まずは後宮の女官と言えども、いや。君には学問があるんだった。なら、学問はとりあえず置いておき」
一番好きな学問を置いていかれたのは癪だが、仕方あるまい。
「礼儀作法、どうにかしようか?」
学問が大好きなので、ただひたすら学問に打ち砕いてきた月鈴のという女の人生。
だが、礼儀作法に関しては…及第点と言ったところか。
「申し訳ありません」
「全然。今から直せば大丈夫!たぶん!」
それくらい駄目、ということか?
だんだん自信がなくなってきた。
「君のことだから、天界の朝廷の成り立ちは知っているだろうし、その点は問題ないんだ。本当に。後宮の女官に求められるのは、たったひとつ。いかに自分が仕える妃を引き立てられるか、だ」
めんどくさい。
が、やらなくてはならないのは事実。
「できる限り、頑張ってみます」
ニコリと、緑縁は笑ってくれたので頑張れる気がする。
(この方はなんでわたしを後宮の妃に推したのかはわからないけれど、できる限り頑張ってみましょう。だって、そうすることで恩を返せるはずだから)
そう、思いたい。
◯◯◯
月鈴を推して正解だった。
ほかの者ならば、すぐに逃げ出すことでも月鈴はやってくれる。
(そんなところではないんだけど。月鈴をお推した理由は、本当に世話になっているかのお方にも役に立つんじゃないかって、思っただけだ。月鈴以外の侍女は後宮の入内を嫌がった。だから、月鈴しかいなくなったなんて知ったら彼女は、どういう反応をくれるのかな?)
少し、反応を試してみたくなったが、嫌われたらいやなのでそのままにしておこう。
「緑縁様、なぜ彼女を」
「ああ、君か。静瑠」
高級そうな剣に、女では思いだろうに、とばかり思っている鎧。
男性だと一見見たら思ってしまいそうだが、これでも女性である。
「…失礼ながら緑縁様。今しがた、とてつもなく失礼なことを考えていらっしゃいましたね?」
「ぐっ。バレたか」
「バレバレです。いったい何年、お仕えしていると思ってらして?」
男勝りの超がつくほど男勝りな彼女だが、自分の前だといつも女性らしく振る舞おうとするのだ。
それがなんとなく、愛らしいとは。
「それで、本題ですがなぜ彼女を、華 月鈴を後宮へ入れられるのです?あれは緑縁様のっ…!」
「静瑠。君はすべてを知っているようで、知っていない」
「なぜっ…!」
「なぜだと思う?」
静瑠はしばらく考えたらしい。
「あれが後宮の女官の器に相応しいとはっ、正直思いません」
「俺もだよ。だけど、一度やらせてみようと思う。人生、山有り谷有りだけどどこまで行けるかは、彼女次第。ーそうではないか?」
「わたくしめが心配してるのは、もしあなた様に何が不名誉はことがあればわたくしめは耐えれません。ですからあの娘を後宮に入れるのは不適切かと」
頑なだ。
こんなに頑固な静瑠は、見たことがないかも。
「そうだね。でも、やらせてみたいんだよ。彼女の運命を、彼女はどうやって逆らうか」
「緑縁様。彼女は後宮ではなく、緑縁様のおそばに置いている方が、安全だと思います。少なくてもその方が彼女にも」
「驚いた。珍しく、話すじゃないか。静瑠もそれだけ、月鈴のことが好き、とか?」
「好きです、彼女は。だからこそ苦しめたくない」
そうだと思った。
静瑠は誰かのためには絶対に発言も、何もしない人だ。
だけどそんな彼女だけど、月鈴のことになったらこんなにも動いてしまう。
「見てみないかい?君がそこまで心酔している彼女が、どこまで行けるのか」
「見てみたい気もします」
「それじゃあ満場一致、ということだね?」
静瑠が頷いた。
◯◯◯
後宮の女官に推薦された月鈴は、来月に行われる後宮女官の試験のために勉強を初める。
元々勉強が好きな月鈴だが、礼儀作法も学ばないといけないので少しばかり、気が遠くなりそう。
けれど緑縁に与えてもらった恩を返すため、できる限りのことを頑張りたい。




