二
試験が始まる一ヶ月前、自分は何を彷徨ったのかふとあることを思い出す。
(あれ、そういえば、この時間で合ってるのかな?)
なんてことを。
そんなこと起こるはずないだろうと、思っていてもそのまま行こうとしたら…。
「何をしているんだい、月鈴。まだ早いよ?」
「やはりそうですか」
「どうした」
緑縁が後宮から来た手紙を見てくれる。
「思っていました。何かちがうなって」
「そうかい?」
「はい。細工でも、されましたか?」
緑縁だけが知っているなんて、おかしい。
そう思っていたのだが、そういうものだろうか。
「試験開始時間に間に合わないとかになったら大変だと思って、こうさせてもらったよ」
「そ、そんなところなんですか」
何をやりたいかはわからないが、自分の身を案じてくれているということはありがたく受け取っておこう。
「ありがとうございます、助かりました。それでは行ってまいります」
「待て。本当に、後宮は何があるのかわからない怖いところだ。だから気をつけるようにと言おうと思って、守りを買ってきた。どうだい?」
どうだい?、なんて言われても、自分は嬉しいとしか言葉に出ない。
恩人から、こんなに大切にされるだなんて。
「ありがとうございます、大切にします!」
「うん。そうして」
いつもは大人な緑縁が笑ってくれた。
今回の試験は、これだけで頑張れるだろう。
そんな気がした。
「では行ってらっしゃい」
「行ってまいります」
正直、この家を華家を出たくはない。
この家でずっといたけれど、そのずっとは許されなかったらしい。
これが運命だと、思って納得する。
これからは自分が、後宮の女官として華家を支えていく運命なのだと。
そうこうしていたら、天界の端を抜け、川を渡り、長すぎる階段を登ると、天界の後宮が見えてくる。
自分には関係のない場所だと、思っていたところ。
「頑張るしかない!」
気合を入れて、後宮に入った。
するとたくさんの受験生が並んでおり、今でも廊下にはみ出そう、というかはみ出ているか。
そんなことを考えながらひとりで笑っていると、一人の受験生が声をかけてーいや、引いていた。
「な、何、あんた何ひとりで笑ってるわけ?気をつけてよねえ」
「は、はい!すみません!」
「でもあんたなんか面白そうだし、友だちになりたいかも」
「へ?友だち?」
「そう。面白そうでしょう?」
友だちなんて言われたのは、これが初めてかもしれない。
華家にいたころは友だちなどいなく、いたのは厳しく教育してくれる女官長か、仲のいい華 緑縁好きの若い侍女・侍従のみ。(現代で言う、推し活の集まりだ)
「ここで、受験をするんですか?」
「そうです。ですがここは女官の試験をするときの女官専用の待機室。ここはそういう場所なんです」
「待機…」
(侍女のときの待機室と、似たようなものなのかしら)
そんなことを思っていたけれど、いざ勇気を出して開けてみたらまったくちがった。
同い年くらいの女が書物を読みながら行儀悪く…座っている。
「失礼します」
ここは天界の後宮の女官の試験会場の待機室なのか?
と疑ってしまうほど、不良だらけだ。
「なんだ?新入りか?」
「そのようね。武官でもないのに、後宮に入るだなんて」
「まったくだねよ、後宮の女官といえど、ただの女官じゃなくてこの試験は文官、すなわち官吏と武官を育てるための試験、だってのに」
「皆さん、お静かになさって。この者も今日から仲間になるかもしれません。ですから、好戦的に…」
「はっ。文官志望のお嬢様が、聞いて呆れる。お嬢様はさあ、さっさと…、家に帰りな」
ひとりの武官候補が言った。
別に、ここまで言う必要はないのにあんまりだと思う。
「ですがわたくしは諦めません。皇帝陛下の妃になるなんて、まっぴら御免ですもの」
「この世の至極である、皇帝陛下の妃になりたがらない女なんて、お前だけだよ」
さらに加速していく争いに巻き込まれたくないけれど、ここは巻き込まれてでも止めないといけない。
ここまで来てしまったらいつ、皇帝陛下の耳に入るかわからない。
「落ち着いてください。この方にも、何か事情があるはずです。ですが皆さんが一方的に話されたら、この方の意見は?少し、聞くべきかと」
「あんたは誰だ?」
武官出身?ともあり、迫力がすごい。
修羅場の二、三個以上くぐり抜けてきたんだろうなと感じさせる迫力。
「この天界では女の身であろうがなんだろうが、戦に出られる」
「はい。それは知っています」
「へえ!じゃあ、私のことを知っているかい?」
細い腰に、茶髪の短い髪。黒と文字が刻まれた剣。
(この方は…?!)
「やっと気づいかい?遅いよ、まったく。この女官試験の会場にいる中で、恐らく私が一番有名人。だからね。私が一番の、寵姫になんのさ。この天界一の」
「それは、皇帝陛下がお決めになることでは?」
「貴様ッ!!」
そう。
この方は、
「朱烈州出身、麗 房藤。よろしく。で、お前は?」
やはりそうだ。
特徴からして、この人は北の敵国の将軍の首を確か四つ取った、って噂で聞いたことがある。
「わ、わたしは華 月鈴です。 月の、鈴っ!」
「へえ。いい名前。あのお嬢様なら無理だけど、月鈴となら仲良くなれそうだよ」
「そうですか」
それしか言えない。
「房藤さん。また、あとで話しましょう?わたし、試験前に確認したいことがあるので」
「わかった。お前、勉強熱心だね」
「房藤さんは?」
「あたし?あたしは、武術の試験を受けるから準備はいらないんだ」
「武術の試験もあるんですね」
この女官試験には、ふたつの種類の試験がある。
一つ目は月鈴が受けるような文官のような試験と、二つ目は房藤が受けるような武術の試験。
どちらも女官の試験。
一般的な女官の試験は今回の試験ではなかったらしい。
「うん。あるよ。じゃあまた」
「はい、よろしくお願いします」
月鈴は書物を読むふりをして、お嬢様に声をかける。
揉める原因となっていた人だから話しかけるのはめんどくさがりな性格上、いやだが何か力になってやりたいなんて思ったり、思わなかったり。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ありがとう。でもあの方には、ならべく近寄らない方がいいわ。あなただって、何をされるかわからない。ましてや、敵国の将軍の首を四つも…」
「でもあの方は、優しい方でした」
理由があるのか、ないのかわからないが、そのお嬢様はやんわり笑った。
「何が力になれるのかわかりませんが、ぜひ何かあれば」
「あなた、ほんとうに優しいのね。わかったわ。何かあったら、力になってちょうだい」
「はい」
話せる人がふたりもできたことに、嬉しく思う。
この二人が、試験に合格してくれるといいが。
◯◯◯
今年の試験もどうせ、ろくでもない者しか出てこないに決まっている。
だって、そうではないか。
この試験はいつだって国を揺るがす原因となっているのだから。
そう諦めかけている皇帝、石 満葉。
「今回の女官試験も、どうせろくでもない者ばかりだろう?」
もうもはや諦めけけているので、興味などさらさらない。
なのにも関わらず、世話係に聞いてしまう自分も問題、か。
「どうされました」
「あ、いや。今年の女官試験も、どうせろくでもない者ばかりであろう?」
「そうとは限りませんよ。稀に、この試験でもよい者が出るとか、出ないとか」
「なんです、幽霊みたいな」
と、女官長。
「お前もこの試験出身だったな」
「ええ。この試験を作られたのは、陛下?」
「いや、吏部侍郎だ」
「通りで。あの方は本当に、良いものをお作りになる」
これには頷く。
仕事にしか興味がないと気に入りの妃に言われたのだが、まあそれはよしだとうと思ってしまうほど、仕事人間な自分だが、あの華 緑縁には少しばかり興味がある。
「あの者が作ったのならば、きっと…」
そんな希望すら、出てきてしまうほど。
まずはここまでお読みくださり、ありがとうございます。設定には書いていませんが、華 月鈴は華 緑縁の養女です。養女なのに侍女…?って思うかもしれませんが、なぜ侍女になったのかは機会あれば書きます。




