【第8話】嘘は、見えている
俺は見たままを話した。
「俺が、あの魔物を倒しました」
職員の指が止まった。
「……もう一度、いいですか」
「パーティは先に逃げました。俺は囮に残されて、一人であの変質種と向き合った。脇腹の甲殻に古い割れ目があって、そこだけ柔らかい。突進で体をひねった一瞬に、その割れ目が開く。開いたところへ刃を差し込んだ。それで終わりです」
嘘をつく理由はなかった。聞かれたから、あった通りを答えた。それだけだ。手柄が欲しいわけでも、あの四人を陥れたいわけでもない。ただ、この職員は嘘を嫌う目をしていた。だったら本当のことを言うのが早い。俺はそう思っただけだった。
職員はしばらく黙って俺を見ていた。俺の話のどこにも綻びがないか探すような目だった。だがすぐに探すのをやめた。俺の言葉と目の前の記録がぴたりと同じ形をしていることに気づいたのだろう。職員は受話器を取った。
「……監査部、お願いします。多摩・第四ゲートの件で、確認したいことが」
◇ ◇ ◇
三日後、俺のもとに協会からの呼び出しが届いた。
陽菜には「ちょっと手続きだよ」とだけ言って家を出た。いってらっしゃい、と手を振る妹の声を背に本部へ向かう。呼ばれた理由は書かれていなかった。だがなんとなく察しはついていた。あの日の詰所から、糸がゆっくりと手繰られている。その先に俺も四人もいる。それだけのことだ。揉め事は好きじゃない。だが呼ばれたなら行く。今日もどうせ、聞かれたことに見たまま答えるだけだ。
通されたのは殺風景な小部屋だった。長机の向こうに協会の人間が二人。腕には監査部の章がある。そして机のこちら側に、あのパーティの四人が並んでいた。呼び出しの理由も知らされないまま集められたらしい。俺の顔を見た瞬間、リーダーの表情がこわばった。
監査の男が淡々と記録を読み上げた。入場は五名。討伐報告は四名。ポーターの名だけが消えている。格上の変質種を討伐したにしては負傷の申告も回復薬の消費もゼロ。滞在時間は不自然に短い。そして提出された魔石は、あの危険度帯にはありえない大きさだった。格上をそれだけ鮮やかに討ち取って、誰ひとり傷を負わない。そんな都合のいい偶然はまずない。
「これだけの齟齬が偶然重なることはありません」
監査の男が顔を上げた。
「もう一度うかがいます。あの変質種を、誰が、どうやって仕留めたんですか」
「だから……俺たちで、四人がかりで削って……」
リーダーが言い募った。だがその声は途中から上ずっていた。
俺の目には机の下で、男の膝が細かく震えているのが見えていた。喉の強張り。泳ぐ視線。指先の落ち着きのなさ。嘘をつき慣れていない人間の体は正直だ。全部が「違う」と言っている。この部屋の誰よりもはっきりと。皮肉なものだと思った。リーダーが必死に隠そうとしているものが、俺にはただそこに置いてあるものとして見えてしまう。それもいつもと同じだ。
ほかの三人も同じだった。前衛の男は膝の上で拳を握りしめている。指の関節が白い。若い後衛は呼吸が浅く速い。そして包帯の男。うつむいたその肩が、さっきから小さく上下していた。何かを堪えているのだと分かった。四人とも、体はとうに白状している。口だけが、まだ嘘の形を保っていた。
リーダーがちらりと俺を睨んだ。
「……こいつが勝手に横から仕留めただけだ。E級のポーターが、まぐれで一発当てて、それを大げさに――」
「まぐれで、変質種の弱点を一突き、ですか」
監査の男が静かに遮った。
「その"まぐれ"を、もう少し詳しく聞かせてもらえますか。あなたがたが削り倒したという、その戦い方を」
リーダーは答えられなかった。見ていないものは語れない。俺が突いた割れ目のことも、その一瞬のことも、この男は何ひとつ知らないのだ。
沈黙を破ったのはリーダーではなかった。
「……もう、いいだろ」
奥にいた痩せた男だった。左腕に、まだ包帯を巻いている。
「もう、やめましょう。……この人の言う通りです。俺たちは逃げた。危ないと警告されたのに、E級の戯言だと笑って聞かなかった。挙句にこの人を囮にして置いて逃げた。あの変質種を仕留めたのは、この人一人です。俺たちは何もしていない」
リーダーが振り返って何か言いかけた。だがもう遅かった。堰を切ったように残りの二人も口を開いた。あのとき本当は何があったのか。誰が誰を見捨てたのか。握り潰したはずの嘘は、内側から崩れていった。
俺が何かをしたわけではなかった。ただ、支えを失った嘘が勝手に倒れただけだった。
包帯の男が詫びるように一度だけ俺を見た。その肩から重いものがひとつ下りたように見えた。嘘を抱え続けるより白状するほうが、体は楽になるらしい。俺にはよく分からない感覚だった。だが見れば、それと分かった。
◇ ◇ ◇
監査の男は静かにペンを走らせた。
「虚偽の討伐報告。報酬の不正取得。そして――パーティ構成員の遺棄」
遺棄、という言葉にリーダーの顔から完全に血の気が引いた。
仲間を囮にして見捨てる。それはこの世界で、ハンターが最も嫌う裏切りだった。腕が立つかどうか以前の問題だ。背中を預けられない者と、誰が組む。信用は一度地に落ちれば戻らない。この四人の名は、これから協会中に知れ渡るだろう。悪い意味で。誰も彼らとは潜りたがらなくなる。
監査の男は四人に向き直った。
「虚偽報告については、不正に受け取った報酬の全額返還。あわせて登録の一時停止。遺棄の件は別途、審査部にかけます。処分が確定するまで、いかなるゲートへの派遣も認められません。追って通知します」
声は最後まで淡々としていた。だがその一言ずつが四人の顔から色を奪っていった。リーダーはもう、一言も発しなかった。俺を睨む気力さえ残っていないようだった。ついさっきまで、格が違うと胸を張っていた男だ。誰かを見下すことでしか、自分の高さを確かめられなかったのかもしれない。今その足場は、自分の嘘の重みで崩れ落ちた。
俺はその様子をぼんやり眺めていた。
ざまあみろ、とは思わなかった。すっとした気持ちもない。ただ、ようやく話が本当のところへ戻っただけだ。俺は嘘を暴こうとしたわけではない。聞かれたことに見たまま答えた。それだけで勝手にこうなった。減らされた日銭が少し戻ってくるなら、それでいい。半分に削られたあの日の報酬。それが正しく戻れば、来月の家賃が少し楽になる。俺が気にしていたのは、結局その程度のことだった。
だが、話はそこで終わらなかった。
これで済んだと思った。俺は頭を下げて部屋を出ようと腰を浮かせた。その俺を、監査の男が呼び止めた。そして今度はまっすぐこちらへ向き直った。その目に浮かんでいたのは、叱責でも同情でもない。もっと戸惑いに近い、奇妙な色だった。
「相馬さん。あなた……E級、ですよね。合計六十の」
「はい」
「そのステータスで、単独で、あの変質種を。……脇腹の割れ目に、一突きで」
男は手元の記録と俺の顔を何度も見比べた。それから隣の監査官のほうへ身を寄せて、低く囁いた。
「――これは、査定の側に問題があるのかもしれん」
声を潜めたつもりらしかった。だが、俺の耳にははっきりと届いた。
握り潰されたはずの戦果が、今、まったく別の形で表に出ようとしていた。俺の知らないところで、〈E級・相馬湊〉という一行が静かに書き換えられ始めていた。
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