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ハズレスキル『観察』は、最強でした ―E級と笑われた俺が、世界のすべてを見抜くソロダンジョン攻略記―   作者: りお
第1章 E級の烙印

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【第7話】握り潰された戦果

「ほら、今日の分だ。文句はねえよな」


 詰所の外で、リーダーが折り畳んだ報酬を俺の胸に押しつけた。


 受け取って数える。当日払いのポーター代。事前に聞いていた額の半分もなかった。あの変質種の魔石は丸ごとパーティの取り分に消えていた。俺が仕留めた獲物だ。だが記録の上では、俺はそこにいなかったことになっている。獲物の持ち主でもない。荷物持ちが一人、ただ荷を運んだ。書かれたのはそれだけだ。


「言っとくが、今日のことは忘れろ」


 リーダーは声を落とした。目だけがやけに真剣だった。


「お前が何をしたのかは知らねえ。まぐれだろうがなんだろうが、どうでもいい。とにかく余計なことは喋るな。E級のポーターが変質種を仕留めたなんて話、どこへ持っていっても笑われるだけだぞ。お前のためを思って言ってやってんだ」


「分かりました」


 俺は報酬を財布に押し込んだ。


 言い返す気は起きなかった。手柄がどうなろうと興味はない。名前が記録に残ろうが残るまいが、俺の腹も陽菜の腹も膨れはしない。今日ここで手に入るはずだったのは金だ。それが半分に減ったのは痛い。来月の家賃を思うと頭の隅がひやりとした。だが揉めて全部を失うよりはましだった。俺はうなずいてその場を離れた。


 少し離れた壁際に、奥にいた痩せた男が立っていた。左腕に包帯を巻いた男だ。俺が通り過ぎようとすると、小さな声で呼び止めてきた。


「……悪かったな」


 男は俺と目を合わせないまま言った。


「あんたを置いて逃げた。あのとき俺は動けなかった。腕が上がらなくて……本当は、あんたが正しかった。爪痕のことも岩棚のことも。全部あんたの言う通りだった」


 男の指が無意識に自分の包帯を握っていた。


「なのに手柄まで、あの人が……いや、俺が止めなかったのが悪い。すまねえ」


「気にしてません」


 俺は短くそう返した。実際、恨みはなかった。ただ、この男が抱えているものだけははっきり見えた。罪の意識だ。人にこういう顔をさせる嘘は、たいてい長くはもたない。男は逃げるようにリーダーの後を追っていった。その背中を見送りながら、俺は何となくそう思った。


  ◇ ◇ ◇


「お兄ちゃん、おかえりー!」


 月見荘の二階。ドアを開けると、陽菜がいつものように駆けてきた。


「ただいま」


 俺は財布の中身を思い出しながら、努めて普通の声を出した。減った報酬でも今日一日ぶんの飯にはなる。それだけで十分だと思うことにした。


「今日ね、ハンターのお仕事どうだった? 強い魔物やっつけた?」


「ん……まあ、一匹な」


「ほんと!? すごい! やっぱりお兄ちゃんすごいんだ!」


 陽菜がぴょんと跳ねた。俺は少しだけ笑った。この子には、変質種のことも、囮に捨てられたことも、手柄を奪われたことも、何ひとつ言うつもりはなかった。言っても意味がない。心配させるだけだ。


 夕飯はいつもより一品だけ多かった。半額の鶏肉を足した。陽菜は「お肉だ!」と目を輝かせて、行儀悪く足を揺らしながら頬張った。その顔を見ていると、詰所での少ない報酬のこともリーダーの舌打ちも、どうでもよくなった。


 俺が今日、命を張って持ち帰りたかったものは、たぶんこれだ。手柄でも名誉でもない。この食卓と、この子の笑い声。それさえ守れるなら記録の一行くらいくれてやる。惜しくもなんともなかった。


 食器を洗いながら、頭の中で数字を並べた。今日の半分の日銭。財布に残った金。来月の家賃。陽菜の新しい上履き。どれも待ってはくれない。手柄が金にならないなら、明日また潜るしかない。それだけのことだった。俺にとって大事なのは、記録に何が書かれるかではない。この子に明日も飯を食わせられるかどうか。ただそこだけだった。


 陽菜が寝入ってから、俺は畳に寝転がって天井の染みを見上げた。今日、俺は格上の魔物を仕留めた。なのに手元に残ったのは半分の日銭と、誰の記憶にも残らない事実だけだ。おかしな一日だった。だが不思議と腹は立たなかった。ただ、あの怯えた四人の顔と、包帯の男の詫びる声だけが妙に頭の隅に残っていた。


  ◇ ◇ ◇


 翌朝、俺はまた協会本部の派遣窓口に並んでいた。


 昨日の稼ぎでは数日ももたない。次の仕事を拾わなければならない。並んでいる間も、周りの声が勝手に耳に入ってくる。


「聞いたか。多摩の第四で、変質種が出たらしいぞ」


「マジか。誰が獲ったんだ」


「どこかのパーティが四人がかりで、って話だ。運のいい連中もいたもんだな」


 前に並ぶハンター二人がそんな噂を交わしていた。もう話が回っている。四人がかりで仕留めた、と。その中に俺はいない。俺は聞き流した。訂正する気も割り込む気も起きなかった。誰がどう覚えていようと、俺の暮らしには関係のないことだ。


 やがて俺の番が来た。いつも通りだ。E級の登録証を出せば、また「今は枠がない」と淡々と突き返される。頭を下げて次を当たる。そのつもりで窓口の前に立った。潜れる場所さえ回ってくれば、口の悪いパーティでも文句はない。荷を運ぶだけでも金にはなる。今日はどこか一つでも拾えればいい。そう思っていた。


 だが、登録証をかざした瞬間、職員の手が止まった。


「相馬 湊さん……ですね。ちょうどよかった。少し、お伺いしたいことがありまして」


 昨日の詰所とは別の職員だった。若い男で、まだ経験は浅い。指先が緊張で強張っている。だが目だけは真剣だった。この人は噛み合わない数字を見過ごせない性分らしい。俺の目にはそう映った。


 画面に開かれているのは見覚えのある報告だった。多摩・第四ゲート。変質種一体。あの討伐の記録だ。


「昨日、こちらのパーティにポーターとして同行されていますね。ゲートの入場記録に、あなたの登録が残っています」


 職員は画面を指でなぞった。


「入場は五名。ですが討伐報告は四名の連名で上がっています。ポーターのあなたの名前が、貢献者からも同行者からもすっぽり抜け落ちている。手続き上、これはありえないんです。同じゲートに入って一人だけ記録から消える理由がない」


 俺は黙っていた。


「それに討伐対象が変質種でした。あの危険度帯に出るはずのない格上です。おかしいのはそこじゃない。このパーティは格上を四人で削り倒したと報告しているのに、負傷の申告も、使った回復薬の記録も、まるごとゼロなんです。格上とまともにやり合えば誰か一人は必ず傷を負う。薬の一本も使わずに済むはずがない。おまけにゲートの入退場の記録を見るに滞在時間が異常に短い。格上を相手にほとんど手間取らず仕留めている。……まるで、どこを突けば一撃で終わるか最初から分かっていた人間がそこにいた、みたいにね」


 職員は画面を何度かスクロールした。眉間の皺が少しずつ深くなっていく。


「正直に言うと、この報告は上へ回すよう指示が出ています。変質種の出現そのものが異例ですし、記録の辻褄も合わない。近いうちに監査部の預かりになるかもしれません。だからこそ、ここでちゃんと確かめておきたいんです」


 職員は顔を上げた。まっすぐ俺を見た。


「相馬さん。昨日あのゲートで、本当は――何があったんですか」


 その問いが、静かに宙に浮いた。


 嘘をつくつもりはなかった。かといって、誰かを陥れてやろうという気もない。俺はただ、あの岩室で自分が見て、やったことを知っている。それだけだ。聞かれたなら、そのまま話す。手柄が欲しいわけでも、仕返しがしたいわけでもない。事実は事実として、そこにあるだけだった。


 俺はまだ何も答えていない。ただ事実を口にすればいいだけだった。見たままを、いつものように。だがその一言が、握り潰されたはずのあの戦果のどこかに、ぴしりと最初のひびを入れる音を、俺は確かに聞いた気がした。


ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくお願いします。


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