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ハズレスキル『観察』は、最強でした ―E級と笑われた俺が、世界のすべてを見抜くソロダンジョン攻略記―   作者: りお
第1章 E級の烙印

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【第6話】誰でも、見えるだろ?

「……なんで、そんなに驚くんだ?」


 俺の問いに四人は答えなかった。


 いや、答えられなかったのだと思う。リーダーは口をぱくぱくと動かすだけで言葉が出てこない。前衛の大柄な男は尻をついたまま後ずさる。まるで俺のほうが、さっきの魔物より恐ろしいものであるかのようだった。


 俺はますます分からなくなった。


 そんなに難しいことをしたつもりはない。あの魔物の脇腹にははっきりと隙があった。だからそこを突いた。ただそれだけだ。なのにこの空気は何なのだろう。褒められているのでも、感謝されているのでもない。得体の知れないものを見る目で四人がこちらを見ている。


「あの……その、変質種だぞ」


 ようやくリーダーが声を絞り出した。


「格上だ。D級パーティでもまともにやったら何人か持っていかれる。それをE級が、しかもポーターの安物で、一撃で……そんなの聞いたことねえ」


「一撃じゃないです」


 俺は訂正した。


「脇腹の甲殻に古い割れ目があったでしょう。塞がりきってない継ぎ目みたいなやつ。あそこだけ硬さが違ってた。突進で体をひねったとき、あの割れ目が開くんです。だからそのタイミングを待って、開いたところに刃を差し込んだ。硬いところは最初から狙ってません」


 四人はぽかんとしていた。


「……割れ目?」


「見えませんでしたか。左の脇腹の、後ろ脚のすぐ上あたり。他の甲殻より少し色が濃くて縁がぎざぎざしてた。あそこだけ明らかに浮いてたと思うんですけど」


 俺は当然のこととして言った。同じ岩室にいたのだ。俺よりずっと格上の目を持つC級やD級なら、あんな分かりやすい弱点は一目で見抜けて当たり前だと思っていた。


 だが返ってきたのは沈黙だった。


 リーダーは奥の痩せた男と顔を見合わせる。前衛の男も後衛の男も互いの顔を確かめ合っていた。誰もうなずかなかった。誰の目にもその割れ目は映っていなかった。


「そんなもん……見えるわけ、ねえだろ」


 リーダーがかすれた声で言った。


「動いてる魔物の甲殻の、割れ目の一枚? そんなの誰にも見えねえよ。突進の起こり? どこをひねるかだと? お前、正気か。そんなもんが見えてたら、俺たちはとっくにあいつを――」


 そこで言葉が途切れた。


 リーダーはしばらく俺を睨むように見つめてから、探るように口を開いた。


「……なあ。じゃあ、他には何が見える。今、俺を見て何が分かる」


 試すような口調だった。俺は言われるまま目の前の男を見た。答えは探すまでもなくそこにあった。


「右の足首。古い捻挫の癖がありますね。長く歩くとかばうから、さっき逃げるときもそっちに体重を乗せられてなかった。あと左の肩。武具の擦れる位置が左右で違う。剣を抜く角度が、たぶん我流で固まってます」


 リーダーの顔から、すっと血の気が引いた。


「……足首のことは、誰にも言ってねえ」


 男は自分の足首を見下ろし、それから俺を見た。その目にはもう嘲りのかけらもなかった。あるのは剥き出しの恐れだけだった。俺はやはりその理由が分からなかった。足の運びを見れば分かることを、口にしただけなのに。


  ◇ ◇ ◇


 俺は静かに困惑していた。


 見えるわけがない、と彼は言った。誰にも見えない、と。だが俺には見えていた。あの割れ目も、突進の癖も、着地で滑る後脚も、呼吸の周期も。ずっと前から当たり前のようにそこにあった。


 覚醒判定の日を、ふと思い出した。


 あのとき俺は判定官の左肩の古傷を見た。若い頃に外した肩だ。他人の登録スキルの綻びを見た。判定所の天井の、疲れて撓んだ梁を見た。誰でも見えていると思っていた。だから《観察》がハズレだと言われても腑に落ちなかった。皆に見えるものが、なぜ俺のスキルの手柄になるのか分からなかった。


 でも――もしかして。


 もしかして、あれは俺にしか見えていなかったのか。


 考えかけて、俺は首を振った。まさか。そんなはずはない。目を開けていれば誰だって見えるはずだ。俺が特別なわけがない。俺は合計六十の査定不能のE級だ。判定官がそう言った。周りが笑った。ハズレスキルの、最下限の男だ。そのことはこの一時間で嫌というほど思い知らされたばかりだった。


 きっと、この人たちが動転しているだけだ。魔物に襲われて気が動転して、いつもの目が働いていないだけ。そう思うことにした。そのほうがずっと収まりがよかった。特別な力を持っていると思うより、皆と同じだと思うほうが、俺にはしっくりきた。


「……とにかく」


 俺は荷袋を担ぎ直した。落としたときに紐がねじれている。積み直すのが面倒だった。


「魔物は倒しました。もう危険はないと思います。奥の縄張りも、主がいなくなればしばらくは静かなはずです。日が暮れる前に、戻りましょう」


 誰も動かなかった。


  ◇ ◇ ◇


 帰り道で、パーティの空気は完全に変わっていた。


 誰も俺に荷を運べとは言わなかった。舌打ちも、E級への嘲りも、ぴたりと止んでいた。リーダーは前を歩きながら何度もこちらを振り返る。そのたびに視線が絡んで、気まずそうに逸らされた。


 俺には彼らの様子が手に取るように分かった。


 リーダーの足取りは行きよりも重い。時折立ち止まっては痩せた男を呼び寄せて何か囁く。声は届かない。だが口の動きと目配せと肩の強張りで、だいたいの中身は読めてしまう。


 ――あれを、どう報告する。


 ――E級のポーターが単独で変質種を、なんて書けるか。


 ――俺たちが逃げたことも、バレる。


 リーダーの目が時々ちらりと、俺の腰の魔石袋を見た。それから自分の空の手を見た。何かを天秤にかけている目だった。


 俺はそのやり取りをただ眺めていた。口を挟む気はなかった。手柄がどうなろうと興味はない。今日の当日払いの金さえもらえればそれでいい。陽菜が家で待っている。あたたかい飯を一緒に食う。俺に必要なのはそれだけだった。


 ゲートの出口の光が、前方に見えてきた。


  ◇ ◇ ◇


 外に出ると、ゲートの脇に協会の詰所があった。探索の報告を上げる場所だ。パーティが潜り、何を狩り、誰が貢献したか。それを申告して討伐分の報酬が精算される。


 受付の端末に向かったのはリーダーだった。俺は少し離れてその背中を見ていた。


「おい、魔石」


 リーダーが振り向きもせず、こちらへ手だけを突き出した。俺は腰の回収袋から、あの大ぶりの魔石を取り出して渡した。俺が仕留めた獲物の証だ。だが差し出す先は、俺を囮に捨てて逃げた男の手だった。リーダーはそれを受け取り、当然のように受付台へ置いた。討伐を証明する品。それが今、彼らの戦果になる。


「多摩・第四ゲート、探索を切り上げて撤収した。道中で変質種一体に遭遇。うちのパーティで討伐した」


 リーダーは淀みなくそう告げた。俺の名は出さなかった。ポーターが、とも言わなかった。あくまで四人の手柄として報告は流れていく。俺は黙っていた。事実がどう書かれようと当日払いの金さえ入ればそれでよかった。


 だが、台に置かれた魔石を手に取った瞬間、協会の職員の手が止まった。


「……変質種、ですか。この階層で?」


 職員は魔石の大きさを確かめるように、手の中で何度か返した。この危険度帯の獲物にしては、明らかに大きすぎる。それから画面とリーダーの登録ランクを、何度も見比べた。


「妙ですね。この危険度帯にその個体が出た記録は、ここ数年ありません。それに、ええと……討伐に要した時間と、消費した回復材の申告がゼロになってます。格上を四人で削り倒したにしては傷が浅すぎる。どういう戦い方を?」


 リーダーの背中がわずかに強張った。


「……運がよかっただけだ。うまく嵌まった」


「そうですか」


 職員はそれ以上追及しなかった。ただ、何かが噛み合わないという顔のまま報告を記録に落とし込んだ。E級ポーターの名はどこにも残らなかった。書かれたのは、まったく別の一行だった。


 俺はそれを遠くから眺めていた。手柄はいらない。だから何も言わなかった。


 けれど、このとき記録に刻まれた「嵌まらない数字」が、協会のどこか奥の帳簿の上で静かに小さな棘となって引っかかり始めていたことを――このときの俺は、まだ知らなかった。


ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくお願いします。


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