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ハズレスキル『観察』は、最強でした ―E級と笑われた俺が、世界のすべてを見抜くソロダンジョン攻略記―   作者: りお
第1章 E級の烙印

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【第4話】荷物持ちは黙ってろ

「おい荷物持ち。遅れんなよ。全部お前が運ぶんだからな」


 ダンジョンに入って一時間。俺の背中の荷はとっくに自分の体重を超えていた。


 朝、多摩の外れに開いた低危険度ゲート。協会が「多摩・第四ゲート」と呼ぶ、浅い洞窟型のダンジョンだ。その入り口で顔を合わせたときから、俺の扱いは決まっていた。四人分の水。四人分の食料。予備の武具。回収用の空袋。


 そのすべてを俺一人の背に積み上げる。革鎧のリーダーは荷の山を見て満足げに鼻を鳴らしただけだった。名前も聞かれなかった。彼らにとって俺は名前のいらない道具だった。


 ゲートの奥は湿った岩の洞窟だった。ごつごつした岩肌に苔がびっしりと張りついている。松明の油と獣の匂いが混じっていた。入門者の練習に使われる浅い階層らしい。それでも初めて潜るE級の俺には、十分に未知の場所だった。


 ダンジョンというのは、開いたその瞬間から静かに時を刻む爆弾のようなものだ。放っておけば、いずれ中の魔物が現実側へ溢れ出す。氾濫と呼ばれる災害だ。街の真ん中でそれが起きれば、犠牲は計り知れない。


 だから協会はゲートの危険度を測り、期限が切れる前に攻略させる。最深部の主を討てば、ダンジョンは役目を終えて消える。ハンターの仕事は、いつだって時間との競走だった。この浅い洞窟にも、目には見えない秒針が回っている。頭ではそう知っていた。だが実際にその内側を歩くのは、今日が初めてだった。


 リーダーは先頭を歩きながら振り返りもしない。あとの三人も同じだった。休憩のたびに彼らは腰を下ろして水を飲む。俺は荷を背負ったままその脇に立って待った。座れば積み直すのが面倒だからだ。文句は言わなかった。契約とはそういうものだ。取り分は雀の涙でも、生きて帰れば当日払いの金が入る。陽菜の待つ家に、あたたかい飯を持って帰れる。今はそれだけを考えていればいい。


 歩きながら、俺の目は勝手に周りを拾っていく。


 奥で黙って歩く痩せた男。左腕の包帯が昨日より血の染みを広げている。傷は塞がっていない。剣を握る手つきが無意識にその腕を庇っていた。前衛の大柄な男は息が上がるのが早い。装備が体格に合っていない。リーダーは足取りこそ堂々としているが、右の足首をときどきかばう。古い捻挫の癖だ。


 このパーティは、見た目ほど盤石ではない。俺の目には、そう映った。だが口には出さなかった。荷物持ちの仕事は運ぶことだ。それ以上でも以下でもない。


 一度だけ、荷の紐が肩に深く食い込んで思わず足が止まった。すぐにリーダーの舌打ちが飛んでくる。「E級はこれだから使えねえな」。俺は黙って荷を担ぎ直し、また歩き出した。言い返す意味はない。ここで揉めても、家に持ち帰る金が遠のくだけだ。痛みも屈辱も、飯代に比べれば軽い。そう自分に言い聞かせて、俺は足を前に出し続けた。


  ◇ ◇ ◇


 異変に気づいたのは、道が二股に分かれるあたりだった。


 左の道の岩肌の低い位置。太い爪で抉ったような跡が幾筋も走っていた。真新しい。苔の断面がまだ乾いていない。大型の何かが、つい最近ここを通った証だ。


 それだけではなかった。地面の苔の剥げ方が一方向へ集まっている。獣道だ。奥に巣がある。そして道の先の暗がり。天井近くの岩棚に、息を殺してうずくまる小さな影がいくつか見えた。光を嫌ってこちらをうかがっていた。伏兵だ。挟み撃ちの形になっている。


 リーダーは迷わず、その左の道へ進もうとした。


「待ってください」


 俺は思わず声を上げた。


「あ?」


「その道はやめたほうがいい。大型の魔物の縄張りです。爪痕が新しい。まだ近くにいる。岩棚の上にも何かが潜んでる。進めば挟まれます」


 一瞬、場が静まった。そしてリーダーが噴き出した。


「はあ? 縄張り? 岩棚の上ぃ?」


 男は俺を頭のてっぺんから爪先まで、わざとらしく眺め回した。


「おい聞いたか。E級のポーター様が、俺たちに指図してくださるとよ」


 どっと笑いが起きた。前衛の大柄な男が俺の肩を小突く。


「荷物持ちは黙ってろ。お前ごときに何が見えるってんだ。ランク底辺が」


「見えるも何も、爪痕がそこに――」


「うるせえって言ってんだよ」


 リーダーが遮った。声から笑いが消えていた。


「いいか。俺はC級だ。こいつらもD級。最下限のE級とは、格が違うんだよ。魔物の気配くらい、言われなくても分かる。分をわきまえろ」


 俺は口を閉じた。


 それ以上は言っても無駄だった。俺の目に何が見えていようと、この人たちには〈E級の戯言〉としか聞こえない。事実は伝わらない。伝える資格が俺にはないのだ。ランクという一行の壁は、こんな場所にまで立っていた。


 パーティは左の道へ入っていく。俺は荷を背負い直して、後を追うしかなかった。嫌な予感だけが背中で重く揺れていた。


  ◇ ◇ ◇


 それから五分と経たなかった。


 道が開けて、広い岩室に出た。その中央に、それはいた。


 牛ほどもある巨体。背中と脇腹は灰色の硬い甲殻で覆われていた。太い前脚の爪は、さっき見た抉り跡とそっくり同じ形だった。縄張りの主。魔物は侵入者をぎろりと見据えた。


「――ぅわ、なんだこいつ!?」


 前衛の男が一歩あとずさった。次の瞬間、魔物が地を蹴った。


 速い。低危険度ダンジョンに出るはずのない、明らかな格上だった。変質。その言葉が俺の頭の隅をかすめた。


 パニックは一瞬で広がった。前衛の突き出した剣は甲殻に弾かれ、あっけなく手から飛んだ。リーダーが何か怒鳴る。だがその指示は、恐怖でばらばらに砕けていた。


 そして奥の痩せた男。抜刀のその瞬間、左腕が鈍く止まった。傷が開いたのだ。剣先が狙いから大きく逸れる。隊列の一角がそこで崩れた。昨日、俺の目に見えていた通りに。


 そこからは、あっという間だった。もう誰も統率など取れていない。前衛は腰を抜かし、後衛は逃げ場を探して右往左往する。魔物はその混乱の真ん中で、次の獲物を選ぶようにゆっくりと頭を巡らせた。数の利もランクの差も、この岩室では何の意味も持たなかった。強いはずの四人が、ただの怯えた獲物に変わっていく。


「くそっ、無理だ! 逃げるぞ!」


 リーダーが叫んだ。倒れた仲間を助け起こすでもない。真っ先に身を翻す。


 そして俺とすれ違いざま、その手が伸びてきた。俺の背中を思い切り突き飛ばす。荷を背負ったままの体が、たたらを踏んで魔物のほうへ泳いだ。


「そいつを食ってる間に走れ! 囮だ、囮!」


 その一言を残して、四人の足音はあっという間に遠ざかっていった。


 岩室に、俺一人が残された。


 心臓が嫌な音を立てていた。囮。捨て駒。今日会ったばかりの連中に、俺は文字通り餌として投げ捨てられた。逃げ出したい。手足の震えがそう叫んでいる。だが逃げれば背中を裂かれて終わりだ。それも、見えていた。


 ふと、陽菜の顔が浮かんだ。おかえりと駆けてくる、あの顔。あの子を一人にはできない。名前も呼ばれない道具のまま、こんなところで終わってたまるか。


 そう思った瞬間、不思議と震えが止まった。頭の芯がすっと冷えていく。まわりの音が遠ざかり、時間が少しだけゆっくりになった気がした。恐怖が引いたあとに残ったのは、やけに澄んだ視界だった。


 目の前に、格上の魔物。背後の道は、荷袋を担いだ俺の足ではとても逃げ切れない。魔物の視線がまっすぐ俺を捉えていた。じり、と前脚が地を掻いた。次の一歩で来る。それだけははっきり分かった。


 俺は冷静に状況を数えた。


 Lv.1。ステータスは各10。合計六十のE級。この腕で、あの甲殻を砕けるわけがない。まともにぶつかれば、一撃で終わりだ。力では、絶対に勝てない。それは動かしようのない事実だった。


 だが。


 あの甲殻。左の脇腹に一枚だけ、古い戦いで割れて塞がりきっていない継ぎ目がある。硬いのは表面だけだ。その隙間の奥に、柔らかい場所がある。そこへなら、届く。問題はただ一つ。この非力な体で、そこまで一息に踏み込めるかどうか。それだけだった。


 そして、あの巨体。前脚に力を溜め、頭を低く沈める。その一瞬。飛びかかる直前の、動きの起こり。次にどう動くのか、俺の目にははっきりと見えていた。


 力じゃ勝てない。だが――見えている。


 魔物が、地を蹴った。


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